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お可愛らしいわ ~恋愛強者の解決法は?

作者: 満原こもじ

 王都裏町の片隅に、『魔女の館』という看板の掲げられた店がある。

 店主はかつて『妖婦』と呼ばれた有名人ダーナだ。

 三〇年ほど前、社交界で令息という令息をことごとく虜にし、危険な魅了持ちの悪女ではないかとして収監されたことすらある。


 もっともダーナに魅了の力などはなく、すぐに無罪であることが証明され、釈放されている。

 モテるだけで逮捕なんて不当だから。

 もっとも逮捕された当人はちょっと喜んでいた。

 あらあら、箔が付いちゃったわね、と。


 今でもダーナは十分いい女だ。

 熟成された色気は蜜のよう、と表現する者もいる。

 スキャンダラスなダーナは生家を放り出されたが、援助者には事欠かなかったから、生活に困ることはなかった。

 ダーナは暇潰しがてら、また経験を生かして、恋愛アドバイザー兼カウンセラーのような店を始めた。

 それが『魔女の館』だ。


 今日も誰かが『魔女の館』を訪れたようだ。


          ◇


「ごめんくださいませ」

「はい、ただ今」


 おやおや珍しいお客さんだわ。

 可愛らしくも清楚なお嬢さんだこと。

 年の頃一五~一八歳。

 高位貴族の御令嬢と言ったところかしらね。

 うふふ、私にもこういう時代があったわね。


 ……私の店を訪れるのだから、恋愛がらみに決まっている。

 従者連れだからそう怪しい相談ではないわ。

 さて、どんな話かしら?


「あなたが店主のダーナさんですか?」

「そうよ。でも自分から名乗るのが淑女のマナーよ」

「そうでした。わたしはアリシア・カークランドと申します」

「うふふ、素直ないい子ね。でも怪しい店では名乗る必要はないのよ。危ないですからね」

「あっ、御忠告ありがとうございます」


 従者が私を睨んでくるわ。

 でも主の経験不足をあらかじめ注意するのは、本来従者の役割よ。


 アリシア・カークランド……カークランド伯爵家の長女ね。

 特に問題のある家じゃないし、貴族学校の資料を見る限り、アリシアちゃんは成績優秀でかなりの人気者だったはず。

 ならば婚約の話と考えるのが妥当かしらね。

 でも私に相談に来るってどういうことかしら?


「実はウォルフォード侯爵家のフレドリック様とこのたび婚約が成立したのです」

「あら、おめでとう」

「ありがとうございます」


 フレドリック・ウォルフォード……ウォルフォード侯爵家の長子ね。

 学校の成績は極めて優秀。

 第一王子殿下の側近ポジションで、生徒会の役員も務めているわね。

 よほどのことがなければ安泰、だけど……。


 かなりの堅物という情報が入っているわ。

 有望な高位貴族の嫡子のガードが堅いのは当たり前ではありますけれども。

 将来人の上に立つものとして、堅過ぎるのもどうなのかしら?


 またウォルフォード侯爵家がカークランド伯爵家と結ぼうとするのも、少し違和感があるわね。

 情報が少ないわ。

 探りを入れてみましょう。


「今日は惚気にいらっしゃったのかしら?」

「いえ、違うのです。実は……」

「フレドリックちゃんがモテ過ぎて妬けちゃうの?」

「でもなくて。顔合わせ含めてこれまで三回、フレドリック様と私的にお会いしたのですけれど、どうも他人行儀と言いますか……。婚約者らしい雰囲気にならないのです」


 あら、お可愛らし過ぎてビックリだわ。

 眩暈がしそう。

 私にこんな純情な時代があったかしら?

 貴重だからそのままにしておけばいいのに。


「従者さんに質問していいかしら?」

「えっ? は、はい。何なりと」

「うふふ、あなたも可愛いわね。あなたの主がこんなことを言っていますけど、私のところに相談しに来る前に反対しなかったのかしら?」

「しました。時間が解決することだとお諌めしたのですが……」

「正直でいいわね。なのに結局『魔女の館』へ来ることになったのは何故かしら?」

「アリシア様はフレドリック様のことが大好きなのです」

「ベン!」

「あらあら」

「もう少しフレドリック様と仲良くできないものかと、模索していらっしゃるわけでして」

「つまり周りに聞いてもそのままでいいとしか言われないので、思い余って私を頼ろうとしたわけね?」

「さようです」


 アリシアちゃん、顔真っ赤じゃない。

 いいわあ、とってもいいわあ。

 キュンキュンするわあ。


「続けて。もう少し私に栄養をちょうだい」

「は?」

「間違えました。もう少し私に情報をちょうだい」


 いけませんわ。

 私としたことが、つい甘酸っぱい成分を欲しがってしまいましたわ。

 

「もちろん旦那様もウォルフォード侯爵家と結ばれることは大歓迎なのです」

「はい、家の方も問題がないということですね。婚約を申し込んだのはどちらからかしら?」

「当家からです。すぐ顔合わせ、すぐ婚約とトントン拍子だったので、旦那様もとてもお喜びでした」

「ふふん?」


 何の問題もないじゃないの。


「アリシアちゃんの意向としては、どうしたいの?」

「はい、フレドリック様との関係がぎくしゃくするのは、今後両家の間で諍いとなりかねないのではないかと。大変よろしくないので……」

「つまり大好きなフレドリックちゃんとすぐにラブラブしたいということね?」

「……はい」


 何て可愛いの!

 応援したくなるわあ。


「結論から言うと、全く問題はないのよ。何故ならフレドリックちゃんはアリシアちゃんにラブだから」

「本当ですか!」

「本当よ」


 自分の価値観と共通する相手というのは受け入れやすいですからね。

 堅物のフレドリックちゃんが優等生キャラのアリシアちゃんに惹かれるのは、ある意味当然のことだわ。


「アリシアちゃんはとても可愛いですからね」

「……もう少し根拠が欲しいのです」


 あら、真面目ね。

 地図を取り出します。


「地図、ですか?」

「ええ、ウォルフォード侯爵家領がここ、カークランド伯爵家領はそちらね」


 アリシアちゃんと従者が地図を熱心に眺めます。


「ウォルフォード侯爵家と結びたい、またウォルフォード侯爵家側から結びたい家はたくさんあるわ。フレドリックちゃんは婚約相手として引く手数多だった。ここまでいいわね?」

「はい」

「例えば家格で言えば、王姪ジェニファーちゃんやテニーナッシュ公爵家のセシリアちゃんが有力ね。地理的にウォルフォード侯爵家と共同事業を起こしやすいという観点なら、トライオン伯爵家リリーちゃんやネイスミス伯爵家クロエちゃんが選ばれたと思うわ。地図だとここね。侯爵が商業に力を入れたい思惑があったなら、目先を変えてサッカラール商会のミランダちゃんという手もあったわ」

「やはりわたしは、フレドリック様の婚約者の有力候補ではなかったのですね?」


 あら、気付いてはいたようね。

 だから余計に不安になっちゃってるのかしら。


「カークランド伯爵家の令嬢というのは、条件的にプラス要素が明確でない。少なくとも侯爵の頭の中では有力候補ではなかったと思うわ」

「ではどうしてわたしがフレドリック様の婚約者に?」

「決まってるじゃない。フレドリックちゃんがアリシアちゃんにラブで、強力に推したからよ。それしか考えられないじゃない」


 カークランド伯爵家のアクションが早かったということが、一番の原因でしょうけれどもね。

 アリシアちゃんったらまた赤くなったわ。

 本当にキュンキュンするわあ。

 とてもいいわあ。


「全く問題はないという根拠はそんなところね。アリシアちゃんはフレドリックちゃんとの仲を心配してるみたいだけど、今まで女の子と接してなかった堅物が戸惑っているだけだから気にしなくていいのよ」

「安心しました」

「アリシアちゃんはいつもニコニコして、フレドリックちゃんを安心させなければいけないわ。初心なフレドリックちゃんが女扱いに慣れていないなんて、当たり前なんですからね。アリシアちゃんが不安がっていると、フレドリックちゃんが自信を失ってしまうわ」

「わかりました!」

「それからフレドリックちゃんは、アリシアちゃんの貴族学校の成績を根拠にして侯爵を説得したこと、十中八九間違いないわ。だからお勉強頑張ってね」

「肝に銘じます」


 普通なら私の役目はここまでですけれど。

 アリシアちゃんは可愛いのでサービスしてあげましょうかね。

 アリシアちゃんのパパの伯爵も知らない仲ではないし。


「アリシアちゃんはいつも、今着てるような服なの?」

「え? はい。まずかったでしょうか?」


 清楚さを際立たせるクラシカルな装い。


「全然問題はないわ。正統派で、最もアリシアちゃんらしい格好だと思う」

「よかったです」

「でもフレドリックちゃんは、いつも同じアリシアちゃんを見たいわけではないのよ」

「……と、申しますと?」

「学校に行く時はその格好で何の問題もないわ。でもフレドリックちゃんは婚約者の特別を見たいの」


 ほら、従者が盛んに頷いているでしょう?


「デートのたびにアリシアちゃんの見せていない面を見せるといいわ。服装でもアクセサリーでも髪型でもお化粧でもいいけれど」

「なるほど……」

「というアプローチをしていると、フレドリックちゃんの感性も磨かれますからね。パートナーの成長を促すのも婚約者の務めですよ」

「はい!」


 あらあら、お可愛らしいこと。


「他に注意した方がいいことはあるでしょうか?」

「パブリックな場での距離とプライベートな場での距離は違うわ。私的に会っている時は、フレドリックちゃんとの距離を縮めなさい」

「それも特別感の演出ですね?」

「ええ」


 アリシアちゃんみたいな可愛い子が近くにいるなら、フレドリックちゃんのキュン度も増すに違いないわ。


「これを差しあげましょう」

「香水……ですか?」

「殿方の情熱を燃え上がらせる効果のある香水ですわ」

「よろしいのですか?」

「ここまでは料金の内よ。アリシアちゃんがいくら何をしても、フレドリックちゃんの朴念仁が変わらないようなら使いなさいな」

「ありがとうございます」

「伯爵にもよろしくね」

 

 今日もいい仕事をしたわ。


          ◇


 ――――――――――半年後。


「ダーナ姐さん!」

「あらあら、騒々しいこと」


 駆け込んできたのはアリシアちゃんのパパ、カークランド伯爵家当主のザカリーちゃんね。

 慌ててどうしたのかしら?


「伯爵様ともあろうお方がみっともないわよ。落ち着きなさいな。どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 ぬるめのハーブティーは喉に優しいですからね。

 ザカリーちゃんに会うのは久しぶりね。

 ザカリーちゃんがアリシアちゃんのママを落とそうとしていた時には、よく相談に乗ったものだけれど。


「それで一体どうしたの?」

「姐さんのところへ、娘のアリシアが相談に来たろう?」

「ええ、半年くらい前だったかしら。可愛らしい娘さんね。ウォルフォード侯爵家のフレドリックちゃんと婚約したけれど、どうも堅苦しくてうまくいかない、みたいな相談だったわ。その後どうなの?」


 私のところに悪い話は入っていないけれど。


「それが……アリシアが妊娠してしまって」

「へえ、思ったよりやるわね」

「冗談じゃないよ!」


 フレドリックちゃんと仲良くやれていたけれど、好奇心のままあの香水を使ったんじゃないかしら?

 ちょっと効果が強いのよね。

 サービスし過ぎちゃったわ。


「大変なスキャンダルだ! 貴族学校も退学になってしまうかもしれないし、ああ、どうすればいいのか……」

「何を言っているのよ。早いか遅いかだけの話だわ。とてもめでたいことだわ」

「……姐さんが恋愛至上主義的な考え方だとは知っているが……」

「今後どうするかを考えるべきよ」


 ザカリーちゃんは文句を言いに来たのかしら?

 それとも相談しに来たのかしら?


「身体が苦しいことなければ、アリシアちゃんはそのまま学校に通わせてね」

「えっ?」

「婚約者フレドリックちゃんの子なんでしょう? 不義の子でなければ全然オタオタすることないわよ。だって祝福されるべきなんだもの」

「……そうなのか?」

「そうよ」


 さっきも言ったけど、早いか遅いかだけ。

 ウォルフォード侯爵家にとってもカークランド伯爵家にとってもいいことなんだから。


「生徒のおめでたなんて、これからもあり得ることだわ。学校にはテストケースとして対応しなさいと、私から働きかけておきます」


 学校の教師陣には知り合いが多数いますからね。


「助かる。が、それですんでしまうのか?」

「貴族にとって子を得ることは重大事だわ。しかも身近な妊婦と接し、対応を学べる機会でしょう? 生徒にとっても貴重な経験だわ。誰も損しません」

「うむ」

「後ろ指を指されるようなことではないのですわ。ザカリーちゃんだって妊娠している御婦人がいたら、当然親切にするでしょう?」

「もちろんだ」

「若い二人には卑屈になってはいけません、堂々としていなさいとアドバイスしてあげてね。何度も言うけど、めでたくて祝福されるべきことですからね」

「姐さん、恩に着る! 謝礼は後に!」


 嵐のように去っていったわ。

 まったく落ち着きなさいな。


          ◇


 ――――――――――後日談。


 アリシアは周囲の協力もあって、無事男の子を出産した。

 産後の肥立ちもよかったので、留年することなく貴族学校を卒業した。

 卒業生代表として答辞を読んだフレドリックは、先生・友人・家族その他に多大な恩があると涙し、大きな拍手に包まれた。

 

 王都裏町の片隅のとある店。

 最近『愛の館』と呼ばれることに、店主は少々不満のようだ。

 いかがわしいお店みたい、と。


 今日もその店は変わらず佇んでいる。

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にわか冒険者の破天荒な一年間 ~世界の王にあたしはなる!
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確かに次世代夫婦は跡継ぐまでまだ時間あるし、やることと言ったら子供作ることですもんね。お世話してくれる人はたくさんいるし、親も元気だから、産後の肥立ちが良ければ学校に通うのもやぶさかではないですものな…
外見は全然違うんだろうけどミル姉さんが頭に浮かびました
ダーナ姐さんの語り口調がとっても良かったです。 姐さんに翻弄されてみたい。しらんけど。 妊娠に関しては、とはいえうまくいきすぎな感もありつつ、その後の多少強引な対処が『らしい』感じがしてとても良かった…
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