第九話
(……暇だ)
真宙は寝返りを繰り返している。
昨日の熱も下がり、もうすっかり元気になった真宙だったが、同室の清盛はもとより、小林や桜井、寮母さんから「今日は一日寝ているように」と釘を刺されてしまった。
(俺、もう元気なのになぁ)
真宙はふぅ、とため息をつくと周囲を見渡す。
すると、清盛の私物である本が目に入った。
普段は読書なんかしない真宙だったが、今日は一日ベッドに居なければならない。
今清盛はトレーニングに出かけていないが、彼が帰ってきたら借りたと一言言えばいいだろう。
そう思い真宙は一冊の小説を手に取るとぱらぱらとめくった。
――ひらり。
ページの間から、何かが落ちた。
「あ、やべ」
しおりでも落ちたのかと思い、拾い上げるとそれは一枚の写真だった。
写っているのは、今より少し幼い感じの清盛と――白い肌に艶やかな黒い髪が印象的な和風の美少女――
「――っ! 」
真宙は急に胸の奥が苦しくなった。
(なんだ――この感覚――この、息苦しいような、切ないような、この感じ……
これって、まさか……まさか?! )
真宙は、全身の力が急に抜けてしまい、ぐらりと崩れ落ちた。
硬いフローリングに真宙の体は落ちていく……はずだった。
ふわり。
(――あれ、痛くない)
恐る恐る目を開けると、そこには清盛の姿があった。
「大丈夫か? 気をつけろよ」
「や、山田……っ! 」
清盛は真宙を軽々と抱き上げて、ベッドに座らせる。
真宙は耳まで真っ赤にしてしまった。
「ご、ごめん。迷惑ばっか掛けて……」
「別に気にするな。病み上がりで、まだ体が本調子じゃないんだろ? 」
真宙の頭をぽんぽんと軽く撫でると、清盛は優しく微笑んだ。
どきっ
真宙の心臓が早鐘のように高鳴る。
(そんなことって……あるもんか……)
まともに清盛の顔を見ることが出来ず、思わず俯く。
「まだ顔が赤いな、明日入学式だけど、大丈夫か?」
清盛に優しい言葉を掛けられ、真宙はまた胸が締め付けられた。
「あ、あのさ。
さっき勝手にこの本借りちゃったんだけど、さ。
あの……ごめん。
中に写真が挟まってたの、知らなくて…… 」
「写真? 」
「お前と、その……彼女さんが――写ってる写真…… 」
「彼女? 」
真宙は写真を清盛の前にぐいっと出した。
「あぁ、この写真か」
写真を受け取ると、清盛は意地悪そうな笑みを浮かべる。
「なに?
もしかして、焼いてるの? 」
「ち、ちげーよ!!
その子が気になったに決まってんじゃん!
お前に、そんな美人な彼女がいたんだなって思っただけだよ! 」
真宙は今にも噛み付きそうな勢いで清盛を睨んだ。
「へぇ、美人ねぇ 」
清盛は写真を眺める。
ずきり
真宙の胸が痛む。
「――お前、茜のことが気になんの?
やめとけ、やめとけ。
こいつ、見た目は大人しいけど、案外うるさいぜ? 」
ぽん、と清盛は真宙の頭に手を置いた。
「?
お前の彼女だろ?
俺がどうこう言う話じゃ――」
「茜は俺の妹だ」
「……い、妹? 」
真宙は狐につままれたような顔をした。
「妹だよ。
それにしても、なんでこんなところに写真が挟まってたんだろ?
あぁ、他の本もべつに読みたいなら勝手に読んでいいぜ」
「あ……うん。ありがと」
(彼女じゃ……なかったんだ)
安堵感が真宙の緊張をほぐす。
すると同時につつっと大きな瞳から涙がこぼれた。
「真宙? 」
「あれ? 変だな。何で涙なんか……。
ごめん、俺、なんか変だ――」
ごしごしと乱暴に手で涙を拭うが、どういうわけか、涙は後から後からあふれてくる。
「真宙――」
不意に清盛にぎゅっと抱きしめられた。
「え? や、山田?」
「俺、真宙が好きだ」
そう言うと、清盛は真宙にそっと口づけをした。