第七話
桜井が居なくなって、少ししてから小林が来た。
「夕食、二人分持ってきたんだけど……宇野大丈夫か?」
心配そうに真宙を覗き込む。
肩で息をしている真宙を見て「苦しそうだな」と小林は呟いた。
食事を机に置くと、寮母さんに貰ったという、薬や体温計などを清盛に渡す。
「宇野が目を覚ましたら飲ましてやって」
小林はそう言うと、真宙を起こさないようにそっと部屋を出て行った。
清盛は真宙のシャツのボタンをそっとはずす。
彼の体は熱のため、しっとりと汗ばんでいた。
清盛はタオルで汗を拭き取ると、体温計を取り出し真宙の熱を測る。
――39.8度
汗でぐっしょりと濡れた服を着替えさせたほうがいいか、と思案していたその時。
「んん……」
真宙はうっすらと目を開けた。
「大丈夫か? 」
「あれ……?俺、どうして……」
熱で潤んだ瞳を、ぱちぱちと瞬きさせる。
「お前、歓迎会のとき倒れたんだぞ」
心配そうに真宙の顔を覗き込みながら清盛は続ける。
「汗がすごいから、着替えたほうがいいと思うが……着替えできるか? 」
真宙は起き上がろうとするが、なぜか体の自由が利かない。
「――体が動かねぇ――」
視界がぐらぐらと揺れて、まるで嵐の中の小船に乗っているようだ。
「着替え……させるからな」
清盛の声がやけに遠くに聞こえる。
真宙は清盛に抱き起こされた。
清盛は手際よく服を脱がせると、暖かいタオルで丁寧に汗をふき取る。
「ふぅ――」
べたべたとまとわり付いていた汗を拭かれて、真宙は思わず声を出した。
「さっぱりしたか? 」
清盛はいつの間にか、真宙をパジャマに着替えさせていた。
「うん――ありがと……」
赤い顔をしてふらふらとしながら、真宙は礼を言った。
「飯、食えるか? 」
「ん――無理、かも」
熱のせいで、真宙は少し口がもつれた。
「とりあえず、これを飲め」
清盛は水と薬を真宙に手渡す。
真宙は「うん」と小さい声で言うと、おとなしく薬を飲んだ。
こくん こくん
真宙の水を飲む音が小さく聞こえる。
清盛は薬を飲んだのを確認すると、真宙をベッドに寝かせた。
「あ……ありがと」
そう言うと、真宙は目を瞑り、まどろみの中に身を投じる。
しばらくして、真宙の規則正しい寝息が聞こえてきた。
もう肩で息をしておらず、顔も穏やかだ。
(まったく、心配させやがって)
そう思いながら、真宙の顔を見る清盛。
彼は真宙を見ながら、病弱な妹を思い出していた。
清盛の妹、茜はよく熱を出す子供だった。
両親は共働きであったため、茜の世話はもっぱら清盛がすることになっており、全寮制の高校に進学するかどうか最後まで悩んだのは茜の心配があったからだ。
この高校へ進学を決めたのは、「お兄ちゃんがその高校に入るの、すごく楽しみなんだよ」と言った茜の一言による。
もっとも、この高校は特待生には全額学費が免除という話もあったので、両親も強く勧めていたこともあるが。
ばさっ
何かが落ちる音がして、清盛は振り向いた。
真宙は暑いのか、布団や毛布を蹴飛ばしており、半分くらいが床に落ちている。
かろうじておなかに掛かってはいるが、それが落ちるのも時間の問題だ。
清盛はそっと真宙に布団を掛けてやる。
すると、真宙は無意識のうちに清盛の大きい手を掴み、自分の口のほうへ近づけた。
「――いかないで」
清盛にはそう聞こえた。
彼は真宙に掴まれた手をそのままに、床にしゃがみこむと、空いているほうの手で真宙の頭を撫でる。
少し濡れた髪の毛が指に絡んだ。
そして――清盛は真宙の頬に優しくキスをした。