第六話
真宙が部屋に帰ると、清盛が髪の毛をごしごしとタオルで拭いているところだった。
夕方のトレーニングが終わって、風呂に入った後のようだ。
「さっきは驚かせてすまなかったな」
真宙がどう話を切り出そうかと思っていると、清盛のほうから話しかけてきた。
「いや……ぼーっとしてた俺も悪かったし……」
真宙は、ばつが悪そうにもごもごと言う。
清盛が口を開き何かを言おうとしたその時、軽快な鉄琴のメロディーが鳴り響き
『これから、カフェテリアで新入生歓迎会を行います』と言うアナウンスが流れた。
「あ……お、俺、先に行ってるから、山田は髪乾かしてからこいよ」
そう言うと、真宙はさっさとカフェテリアに向かった。
(なにドキドキしちゃってんだよ。俺……。
……やっぱ、なんか変だよなぁ――)
真宙は少し赤い顔を隠すように、少し俯きながらカフェテリアの扉を開けた。
早めに出れば、清盛の近くにならないだろうと思っていた真宙だったが、その思いはカフェテリアについた途端、無残にも散った。
部屋番号と名前がご丁寧にも座席に貼ってあったからだ。
仕方なく真宙は、自分の名前が貼られてある席に座る。
横の席に貼ってある山田の名前が憎らしい。
そんなことを思っていると、後ろの青年から声を掛けられた。
「こんばんは」
彼の名前を見ると、小林健文と書いてある。
自分の部屋の隣、205号室の学生だ。
「こんばんは」
真宙は挨拶をし、小林を見た。
健康そうに焼けた肌は小麦色で、短い黒い髪。
爽やかな青年だ。
「俺一人部屋だから、ちょっとこの歓迎会楽しみにしてたんだ」
そう言うと小林は自分が中学の時サッカー部だったこと、高校に入ってもサッカー部に入ろうと思っていること、故郷に彼女が居ることなどを話した。
橘寮は、この学校ができた当初からある古い寮であり、その当時は全寮制ではなかったことから部屋数は少ない。
三階建てで、各階5部屋づつある。
学生の部屋以外は、寮母の部屋と大浴場が一階、カフェテリアが二階、食堂が三階にある。
全寮制になるにあたって、柊寮、柳寮、欅寮、の計3寮を新たに建築したのだ。
真宙と小林が話をしていると、清盛が席に座った。
小林は「これからよろしく」と清盛に挨拶をする。
彼のおかげで清盛との間にあった気まずい雰囲気が解消されたのを感じて、真宙は一人ほっとした。
それから程なくして歓迎会は始まった。
司会者に促され、一年生から自己紹介などのお決まりの挨拶をする。
真宙は気がつかなかったが、真宙の自己紹介のとき少しざわめいたのを清盛は聞き逃さなかった。
その後、『活動紹介』ということで、部活の紹介が行われた。
他の寮からも応援がきており、各々の部が新入部員獲得のため工夫を凝らした出し物が生徒達の目を楽しませる。
その後は親睦を深めるためのゲームが執り行われた。
(あれ? )
真宙は違和感を覚えた。
(……立ちくらみ……? )
急に世界がぐらぐらと回っているように見える。
真宙は立っていられなくなり、ふっと倒れた。
「宇野! 」
真宙の異変に清盛は気づき、倒れる真宙を抱きかかえた。
カフェテリアがざわめき、寮監の桜井が慌ててやって来る。
「真宙くん、どうしたの? 」
桜井が心配そうに真宙を覗き込む。
「朝からちょっと熱があったみたいで……たぶん無理してたんだと思います。
すみませんが、抜けさせていただきます」
清盛はそう言うと真宙を軽々と抱き上げ、カフェテリアを後にした。
真宙をベッドに寝かせると清盛はおでこに触れる。
――熱い。
「やっぱりな……」
清盛は少し眉間にしわを寄せ、真宙の髪をそっと撫でた。
朝、トレーニングから帰ってくると、真宙が少し赤い顔でぼーっとしていた。
よく見ると指先までもが少し赤い。
(熱があるのか? )
そう思っておでこをくっつけてみると、やはり熱い。
「お前、熱があるぞ」そう言おうと思ったが、真宙を驚かせてしまったみたいで、彼は逃げるように部屋を出て行った。
夕方、戻ってきたときにも言おうと思ったのだが、やはり彼は逃げるように部屋を出て行ったのだ。
そのため、熱があることを言えなかったのだが、肩で息をしている真宙を見て、清盛はそのことを後悔していた。
コンコン
不意にドアをノックする音が聞こえる。
清盛がドアを開けると、桜井が立っていた。
「これ、真宙君に――」
手には氷枕と氷のうがある。
「ありがとうございます」
清盛が礼を言うと、桜井はふわりと微笑んだ。
そして小さな声で清盛に言う。
「君は――気づいていたと思うけど、真宙君にとってここは危険な場所なのかもしれない――」
清盛は何も言わずに頷く。
先ほどの自己紹介の時、自分が感じたものを、桜井も感じていたのだと清盛は思ったからだ。
桜井はニコニコとした顔で、しかし声に鋭さをもって続ける。
「俺も彼を気に入っていてね。だから――何事もないように守ってあげて欲しい。
――どうかな? 」
「そのつもりです」
清盛は短く答える。
その言葉を聞いて、桜井は柔和な笑みを浮かべると「それじゃあ、真宙君によろしく」と言って去って行った。