第五話
その翌日、清盛は真宙と普通に接してくれた。
まるで何事もなかったかの様に。
真宙は3日ほどギクシャクとしていたが、徐々にそのぎこちなさもほぐれてきた。
それと同時に清盛に対して、何かもやもやとした感情を抱いているのに気づく。
彼のことを考えると、何か落ち着かない。
自問自答してみるものの、答えは見つからなかった。
「まぁ いいや」
腕を伸ばし背伸びをすると、ちょうど部屋の戸がノックされた。
「清盛と真宙いる?」
声の主は桜井 司。
ここ、橘寮の寮長でもあり、生徒会で副会長を務めている二年生である。
清盛とはまた別のタイプの好青年で、背も高くすらりと伸びた手足、少し長めのストレートの髪。
華奢なフレームの眼鏡がとてもよく似合っていた。
「あ、先輩。おはようございます。
山田は――朝トレに行ったみたいです。」
ドアを開けながら真宙は答える。
清盛は体を鍛えることが日課になっているらしく、朝と夕に軽くトレーニングをしている。
真宙と始めてあったのも、その日課のトレーニングの帰りであり、あの公園が清盛のトレーニングスポットだと真宙は最近知った。
「じゃあ、清盛にも伝えておいて。
今日の夕食時にささやかな歓迎会を開くので、そのつもりで来てねって」
桜井先輩はにこりと微笑むと「じゃあよろしく」と言って部屋を出て行った。
(俺が目指す男って、やっぱ桜井先輩みたいな感じなんだよな――)
その時ふと真宙の脳裏に清盛の顔が浮かぶ。
(!っ や、山田?! なんで俺山田のことなんか思い出してんだよ!
……確かにちょっとカッコいいけどさ……でも、なんか意地悪そうだし、何考えてるか分かんねーし。
――と、とにかく俺は桜井先輩みたいな男になりてーんだって!)
「何、百面相してんだ?」
真宙の顔をのぞき込む清盛。
桜井と入れ違いに部屋に帰ってきていたのだが、真宙は全く気が付かなかった為、不意を付かれ驚きのあまり固まる。
「あれ、お前――」
清盛はそう言いかけると、真宙の柔らかい前髪を上げた。
すると流れるような動きで、真宙の顔に近づく。
「っ!!」
真宙は驚きのあまり、身動きすら出来ない。
(まさか……キス?!)
目をぎゅっと瞑る真宙。
そして――おでこに冷たい感触を感じた。
(お、おでこ……か……じゃなくてっ)
「な、なにやってんだよ! 」
清盛の胸の辺りを、両腕で押し返す。
真宙はかっと耳まで赤くなった。
部屋を飛び出そうとする真宙だったが、ドアの前で一度止まると、振り向きもせず抑揚のない声で言う。
「桜井先輩が今日の夕方歓迎会をするって言ってた。
お前に知らせろって」
それだけを言うと、清盛の返事も聞かずに真宙はさっと部屋を出て行った。
「ふぅ」
真宙は寮の中庭のベンチに腰をかけた。
まだ清盛の冷たいおでこの感覚が残っている。
「俺は、何やってんだ…… 」
気分を落ち着かせようと、近くにある自動販売機に向かう。
お茶の入ったペットボトルを買うと、清盛の感触が残るおでこにぴたりとつけた。
ひんやりとした感触が気持ちいい。
冷静に考えてみると、清盛はぼんやりしている自分を見て、具合が悪そうに見えたのかもしれない。
――そう考えると辻褄が合う。
(でも、山田に会うのも、まして謝ることなんて――)
自分のあまりの考えなさの行動に、真宙はがっくりとうなだれ、頭をかく。
結局、暇をもてあました真宙は寮周辺をあちこち見て回ることにした。
部屋に帰ったのは、歓迎会が始まる少し前だった。