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第三話

 橘寮に入ると、ふくよかな寮母のおばさんが出迎えてくれた。

 とても柔和な笑顔だ。

「こんなに遅くなって…心配したのよ」と言われ、真宙は恥ずかしくなり頭を掻く。

 『寮生の心得』なる小冊子を貰い、簡単に寮の中の案内をしてもらった。

 寮母さんの話によると『家のように快適に過ごせる寮』がモットーらしく、部屋には小さいながらも風呂とトイレが設置されているらしい。


「一つの部屋に2人が基本よ。

同じ学年の子が入ることになっているわ。

宇野くんと相部屋になるのは、山田清盛やまだ きよもりくんって言うのよ。

仲良くなるといいわね。

そうそう。おなか空いたでしょ?荷物を置いたら、食堂にいらっしゃいね」

まるで弾丸のように喋ると、寮母さんは真宙に鍵を渡しさっさと行ってしまった。


『204号室』

 寮母さんからもらった鍵を使って中に入る。

 もっと小さい部屋かと思っていたが、二人どころか3~4人くらい入ってもまだ余裕があるように思えた。

「すげー」

 真宙は感嘆の声を上げた。

 まるでホテルのスイートルームだ。

 部屋には机と広めのベッドが二つづつあり、先ほど寮母さんが言っていたルームメイトの『山田くん』の私物であろう物が置かれている。

 その『山田君』は部屋備え付けの風呂に入っているらしく、バスルームから水の音が聞こえた。


「俺はこっちか」

 真宙はあいているほうの机にスポーツバックを置くと、ベッドに倒れこむ。

「ふかふかだ」

 寮母さんが干していてくれたのだろうか。

 布団に埋もれると、太陽の匂いがした。

(山田君が上がったら、きちんと挨拶しないとな)

 少し休憩するつもりだった真宙だが、疲れもあったのであろう、いつしか心地のよい眠りについてしまった。


 がちゃり


 風呂のドアが開き、バスタオルを巻いた青年が湯気と共に出てきた。

 ごしごしとタオルで髪を拭き、自分のベッドに腰を下ろす。

 ふと、向かいのベッドに目をやると、青年は驚きの表情を見せた。

「さっきの女……? 」

 青年は真宙の顔をまじまじと見る。

 長いまつ毛、透き通るような肌、さらさらの髪。

 青年――山田清盛(やまだきよもりは真宙を女の子だと思っていた。

 外が暗かったせいもある。

 が、一番は真宙の容姿のせいであろう。


 公園で出会ったとき、橘寮に行きたいと聞いて清盛は真宙が寮に住んでいる人の彼女だろうと推測した。

 しかしそろそろ門限になるし、第一橘寮は女人禁制とある。

 寮生の誰かに合うにしても、自分がいると何かと邪魔になるだろうと思い、彼女を門の前まで連れてくると、何も言わずにその場を去ったのだ。


「まさか、俺のルームメイトなのか?」

 ぽつりと呟く清盛。

 すると、先ほどまで規則正しいリズムで聞こえていた寝息が、急に乱れる。

 真宙の顔を覗き込むと、やや苦しそうな表情を浮かべていた。

「宇野?」

 清盛は寮母から聞いた、ルームメイトの名前を口にする。

「――――っ」

 よく聞き取れないが、真宙は何か呟いた。

 そして、涙がこぼれる。

 清盛はおもわず、その零れ落ちる涙を自分の指で拭っていた。



 真宙は、いやな夢を見ていた。

 不安が駆り立てられるような夢だ。

 黒い不安が自分を飲み込む。

 どんなにやめてと叫んでも、なぜか声が出せない。

 手足の自由も利かず、真宙はただ涙を流すことしか出来ない。

 

 ふわり。


 黒いものに包まれていた真宙は、急に優しい感触を覚える。

 安らぎにも似たそれは、真宙の頬を優しく撫でているようだ。

 少し動くようになった両手で、真宙はそれを掴んだ。

 暖かいそれに触れたとき、真宙はいつの間にか、黒いものから解放されていた。

 真宙はそれを自分の胸のほうに持っていき、ぎゅっと抱きしめる。


「――おい」


 急に耳元で誰かの声がし、真宙はびっくりして目を開けた。


「え―――?」

 真宙の目の前に、清盛が居る。

 あと数センチで唇が触れてしまいそうなほどだ。

 なぜそのような状況になっているかわからず、真宙は大きい瞳をさらに大きく見開いた。


「手、離せよ」

 そう言われて、やっと自分が彼の腕を抱きしめていたことに気がつく。

「うあっ」

 素っ頓狂な声を上げて、真宙は手を離した。

 清盛は抱きしめられていた腕をちらりと見るとおもむろに立ち上がり、髪をタオルで拭き始めた。


 まだなにが起こったのか理解できていない真宙だったが、清盛がバスタオル一枚だったことに気がつき、すでに赤らんでいた顔をますます赤らめた。

「ごごごごごごっ――ごめんなさい!」

 あたふたとする真宙を見て、清盛は「べつに」とだけ呟やき、服を着る。



 着替え終わった清盛は真宙を見た。

 かわいそうに彼は、俯いたまま耳まで赤くして縮こまっている。

「おい。飯まだだろ?いくぞ」

 清盛は真宙の答えも聞かず、彼の細い手首を掴み歩いていく。

 これは清盛なりの真宙への気遣いだったのだが、真宙はますます恥ずかしくてたまらなくなった。



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