第二十九話
真宙と綾瀬は小学校2年生からの付き合いである。
当初は家が向かいにある、というくらいにしか接点は無かった。
友達になったきっかけ。それは宇宙人騒動の辺りからだ。
真宙は小学生時代からずば抜けてきれいな容姿をしていた。
笑うととてもかわいらしく、ただいるだけで絵になるのだが、言葉遣いや行動はまさしく少年そのものであり、そのギャップも真宙の魅力になっていた。
ある日、いつも太陽みたいに笑っている真宙がしょんぼりしていた。
気になっていると、すぐに噂が流れはじめた。
「マー君って宇宙人なんだって」
その噂は瞬く間に広がっていった。
「だからあんなにきれいな顔してるのね」
「宇宙人ってたこみたいなヤツだろ? 大きくなるとああなるのかな? 」
「血の色が緑ってほんと?? 」
本当にどうでもいい言葉が飛んだ。
そして――気持ち悪いよね――と、子供たちは口にするようになった。
担任の先生が噂に気が付き事態を収拾してくれた――表向きには、だが。
子供は時として残酷なものだ。
自分より劣るもの、何かが違うものがあると本能的に攻撃する帰来がある。
きれいでかわいい真宙はいつしか『自分たちとは異なる異者』として認識されてしまっていたのだ。
「やめろよ。オレにかまうなよ! 」
学校帰り、綾瀬は聞き覚えのある声に周囲を見渡した。
「お前本当に男なのかよ? 女みてーな顔して。
それより、大きくなったらタコみたいになるってマジ? 」
上級生三人に取り囲まれているのは、小柄な真宙だ。
やけに馴れ馴れしく上級生の一人は真宙の肩を掴んでいる。
「そんな訳あるかよ!
お前、頭おかしーんじゃねぇの?! 」
頭ひとつ分ほど大きい上級生相手に、真宙は噛み付きそうな勢いだ。
「なんだとっ! 生意気だなっ」
肩を掴んでいた上級生がどんっと真宙を突き放した。
バランスを崩した真宙は道路に投げ出される。
そのはずみでランドセルから教科書などが飛び出し、あたりに散らばった。
「なにやってんだよ」
綾瀬は真宙と上級生の間に立ち、一瞥すると道路に散らばっている真宙の荷物を拾い集める。
「――おい。もう行こうぜ――」
上級生三人は罰が悪そうにその場をあとにした。
「はい。宇野君」
「あ、ありがと」
綾瀬が荷物を渡すと、真宙は少し驚いたようなはにかんだ笑顔を見せた。
「宇野君? ひじと膝のとこ、血が出てる」
「あ、ほんとだ」
転んだときにすりむいたのだろう、擦れて血が滲んでいた。
「俺、絆創膏持ってるから……とりあえずそこの公園で傷洗おう? 」
「綾瀬。オレのこと、気持ち悪くないの? 」
公園のベンチに座り、綾瀬に絆創膏を貼ってもらっていた真宙はぽつりと言った。
「なんで? 」
「なんでって……お前も知ってるんだろ?
オレの噂のこと……」
真宙はうつむき、抑揚もなく呟く。
「別に俺、噂なんて気にしないけど?
宇野君は宇野君だろ?
……先生も言ってたじゃん? 俺たち全員宇宙人だって。
だから――気にすんなよ」
綾瀬はにかっと笑った。
真宙も少しなみだ目になりながらふわりと笑う。
それから程なくして彼らは親友になった。
キーホルダーはその時から数年後の家庭科の時間に真宙が作ったもので『親友の証』と裏にローマ字で小さく書いてある。
――今はかすれていて、読み取ることもままならないが。