第二話
「迷った…」
地図を持ちながら途方にくれる真宙。
きちんと地図を見ながら歩いたはずだが、簡略地図だったこともあり、真宙はすっかり道に迷ってしまった。
辺りは夕方になり、少し薄暗くなってきたこともあってか、人の気配もない。
それもそのはず。真宙が迷い込んだ先は、第一級住宅地だったからだ。
それゆえコンビニなどの店もなく、住民に関係のない車が、抜け道などに使用できないよう考慮された袋小路が多く点在している。
「どうしよう……」
真宙はうなだれ、棒のようになった足をさすりながら、とりあえず公園の入り口に座り込んだ。
実は反対側の入り口には、親切にも住宅地図が掲げてあるのだが、薄暗くなってきたこともあり真宙がそれに気付く筈もなかった。
しばらくすると、辺りはすっかり夜の闇に覆われてしまった。
「俺、何やってんだろ」
真宙の大きな瞳からふいに涙がこぼれた。
不安と情けなさから、涙が次々に溢れてくる。
「おい。何してるんだ?」
不意に真宙の背中から、男の声が聞こえた。
真宙は涙をこすりながら、後ろを振り返ると、そこには背の大きな男が立っていた。
高校生であろうか。
青年はバスケット・ボールを小脇に抱えている。
真宙は安堵の表情を浮かべた。
「あの、俺、道に迷ってしまって…」
変に声が上ずってしまい、いつもより声のトーンが高くなる。
瞳にも涙が残っており、真宙の頬をすっと流れ落ちた。
真宙は急に恥ずかしくなってしまい、俯く。
すると青年は真宙の前にしゃがみこんで言った。
「大丈夫だ」
青年は真宙の頭をくしゃくしゃと撫でた。
さらさらの髪は青年の指に絡むことなく、するりと解ける。
真宙が顔を上げると――暗いので表情の細部までは良く見えなかったが――青年はこちらを気遣っているようにみえた。
「どこに行くんだ?」
青年はやさしく頭を撫でながら真宙に聞く。
「あの、橘が丘付属第二高等学校の橘寮って所なんですけど…」
真宙は涙をこすりながら、青年を見上げて言った。
夜の闇で真宙からは見えなかったが、青年は少し驚いたそぶりを見せた。
「…こっちだ」
真宙のスポーツバックを軽々と持ち上げると、そのまま青年は真宙の手をとり歩いていく。
「あ、あの!
荷物くらい自分でもてますからっ!」
慌てて真宙は言うが、青年は何も言わず手を繋いだまま進んでいく。
くねくねとした道を5分くらい歩いただろうか。
角を曲がると急に古びたレンガ造りの塀が現れて、『橘が丘付属第二高等学校 橘寮』という表札が目に飛び込んできた。
「ついたぜ」
青年はやっと手を離した。
先ほどまで繋いでいた手が、じんじんとする。
真宙はその左手を、右の手でさすりながら橘寮を眺めた。
(ここが、これから俺が住む所か…)
寮の壁にはにはツタが絡みつき、もう少しで橘寮と書かれている表札さえ覆ってしまいそうな勢いだ。
「わざわざありがとうございます……あれ? 」
真宙はお礼を口にしたが、もうそこには先ほどの青年の姿はなかった。
「忙しかったのかな……」
そう呟くと、先ほどまで青年に掴まれていた手をぼんやりと眺めた。