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6話 手合わせ

「ん〜、美味しかった。やっぱりここのラーメンは相変わらず美味しいな。な、そうだろう?」

「ええ、まあ・・・。」

「どうした?元気ないし、食欲もあまりなかったぞ。」

 心配してくれるのはありがたいが、正直言って感性がズレているとしか思えない。

「あんな事されて食べれる訳ないじゃないですか。」

 夢幻の鍛錬は生半可な厳しさではなかった。

 地獄、という言葉は可愛く聞こえるほどの厳しさ。

 一体何度殺されたのかは分からない(50回過ぎた辺りから数えるのをやめた。)手合わせは日が暮れるまで行われてその後は基礎体力を鍛える為の筋トレ。

 睡眠は三時間ほどしかなく、食事の時間以外はひたすら筋トレと手合わせ。

 それが五日ほど続いた今日、久々に街に戻ってきた二人は銭湯に浸かりラーメンを奢ってもらったのだが、過酷過ぎた鍛錬に胃が動かず、大盛り一杯を無理矢理お腹へ詰め込んだ。

 一方の夢幻は大盛り三杯をペロリ。

 因みに夢幻は空也の鍛錬の付き添いの間、一睡もしていないのにこの元気さ。

「食べれる時に食べておかないと体がもたないぞ。」

「それはわかってます。他の世界で身を持って体験していますから。ただ夢幻さんが食べ過ぎなだけですよ。」

「そうか?」

「そうですよ。」

 この五日間で他愛のない話をするぐらいまで距離が縮まった二人。

「さて明日からだが、俺は予定があってここを離れる。」

「確か門を全て閉じる作業があるからですよね。」

「そうだ。全く自分達が開けたのに。後片付けが出来ない子供は本当に困る。」

「あはは、神さまを子供扱いする人なんて夢幻さんしかいませんよ。」

「子供扱いするも何も本当の事だからな。無駄に歳月を重ねただけの困った連中だよ。明日からの鍛錬は蓮に頼んだから。」

「わかりました。」

 二人は陽弥瑚の屋敷へと足を向ける。

「ん?」

 敷地に足を一歩踏み入れた時、夢幻の表情は一変。

 立ち止まり、空也を制する。

「どうしたのですか?」

「空気がおかしい。」

 周囲を警戒、いつでも十束剣を抜ける態勢に空也も息をのみ、緊張感を持って周囲を見渡した、その時だった。

 高速でこちらに迫りくる黒き小さな影。

「下がれ、土岐遠!」

 夢幻は空也を突き飛ばし、迫りくるそれを十束剣で一閃。

 その瞬間、切断した球から煙幕が出現し、瞬く間に夢幻を取り囲む。

「夢幻さん!」

 尻餅着いた空也が煙幕の中で目にした光景。

 それは夢幻の身体を薙刀の刃で深く突き刺した美奈子の姿だった。

「美奈子・・・・・・、何で・・・?」

「九尾の狐!よくも!よくも空也を!許さない!!」

 怒りの眼を爛々に怒号する美奈子。

 薙刀に力を込め、さらに深く突き刺す。

 それは確実に相手を葬る行動であった。

「滅びろ!!」

「残念だけど、そんな攻撃で俺は殺せない。」

 次の瞬間、刺されていた夢幻の身体は霧のように分散。

「え?え?」

 何が起こったか分からず戸惑う美奈子に後方から陽弥瑚の鋭い声が飛んだ。

「美奈子!後ろじゃ!」

「え?きゃあああああああああああ!」

 振り向いた次の瞬間、薙刀越しから強烈な蹴りを喰らい、吹き飛ばされる美奈子。

「全く、ずいぶんと手荒い出迎えだな。」

「な、何で・・・無傷なの・・・・。」

 美奈子の言葉通り、夢幻は全くの無傷。

 薙刀に刺された形跡すらない。

 今、夢幻が使った術は『無影』。

 影に実体を持たせ、あたかもその場に本物がいるように見せかけた幻術である。

「さて、手癖の悪いこの娘、どうしてくれようか・・・。」

「ひっ!」

 剣先を喉元に突き付けられた美奈子の顔に恐怖の色が。

「ちょっと待ってください夢幻さん!」

 だが夢幻の耳には届かない。

 先程の朗らかな印象は一切なく、冷酷で畏怖なる存在に空也も美奈子もその場から一歩も動けない。

「俺に剣を向けた、という事は死を覚悟していると解釈してもいいよな。」

 躊躇いもなく剣を振りかざした時、二人の間に割り込む幼女の姿が。

「待つのじゃ!九尾よ。この不始末は妾の監督不届きじゃ。頼む、怒りを鎮めてくれ。」

「一体これはどういう事だ、陽弥瑚よ。」

 深々と土下座する陽弥瑚に事情を求める。

「本当にすまぬ。どうやら美奈子はお主が空の字を無理矢理天界へ連れ込んできたと勘違いしてしまい・・・・・・。それで間の悪い事にお主が九尾の狐だという事を知ってしまって・・・・・・。」

「私は知っているわよ九尾の狐。大昔―――平安の世に突如現れ、日本を我が物にしようと京を恐怖の渦と化した大妖怪。」

「へぇ~、よく知っているな。」

「実家の書物にそう記していたわ。」

「実家?書物?」

「あの、美奈子の実家は神社なんです。東条寺(とうじょうじ)という・・・。」

 空也の捕捉に成程な、と頷く夢幻。

花条院(かじょういん)家の末席か。ならばそのような書物があっても不思議ではないな。で東埜宮よ。その後九尾の狐はどうなるのだ?」

「当時の陰陽師達に尾を全て斬られた後、討伐。魂は何処かに封印されたわ。でも、平成の世に復活して再び日本全土を我が物にしようと画策した。青年の魂を喰らい、身体を乗っ取った大悪党!今度は空也を騙してどうするつもりよ!」

「落ち着くのじゃ美奈子。」

 敵対心を向ける美奈子を懸命に宥める陽弥瑚。

「二つほど勘違いしているから訂正してやるよ。まず一つ、俺は九尾の狐であって九尾の狐ではない。正しくは九尾の狐の力と知識を受け継いだ現界出身の元人間だ。」

「妾達は呼びやすいから九尾と呼んでおるだけじゃ。それに美奈子が読んだ書物だが、アレは虚偽じゃ。事実は少し違って、現界を破滅させようとしたのは九尾の臣下でな。九尾は無実の罪を着せられただけじゃ。」

「その話はここでは関係ないから省略する。そしてもう一つの勘違いだが、土岐遠に関しては俺は何もしていない。アイツは自分の力だけでこの天界にやってきたのさ。」

「嘘よ。聞いたわ。空也を戦遊戯に参加させるって。弱い空也を貴方が無理矢理――――。」

「土岐遠が弱い?」

 鼻で笑った夢幻の態度が癪に障ったのだろう、静まりかけた怒りが再度沸き上がる。

「何よ!私は空也の事を良く知っているわ!」

「拒絶しているのによく言う。最近、土岐遠がどうしていたか、何も知らないのにか?」

「ッ―――。」

 図星を刺され、言葉が詰まる美奈子。

「それに土岐遠は弱くないぞ。それを証明してやろうか?」

「おい九尾よ、何をする気じゃ?」

 夢幻の言葉に不安が過ぎる陽弥瑚。

 白い顔が青ざめ始める。

「安心しろ陽弥瑚。そこまで不安がる事じゃない。ただ東埜宮と土岐遠を戦わすだけじゃ。」

「なんじゃ、そんな事か。」

「「そんな事か、じゃない!」(わよ!)」

 空也と美奈子の声が見事に重なる。

「よいよい、実は妾も空の字の実力が如何物か気になっていたのじゃ。美奈子、相手しなさい。」

「陽弥瑚様!無茶です!だって空也は―――。」

「と東埜宮は言っているが、土岐遠はどうする?」

「やります!勝てる自信はないけど。」

 幼い頃から手合わせしているが通算で負け越し。

(でも今なら――――。)

「よしよしこっちはやる気だぞ。どうする東埜宮。」

「・・・・・・、わかりました。」

 空也のやる気を受け、渋々承諾する美奈子。

「後悔させるわよ空也。(だって貴方はもう()()()()()()なのだから・・・。)」

「さぁ、鍛錬の成果を見せてもらうぞ土岐遠。・・・・・・因みに時空葬覇斬は使用禁止な。」

 後半の忠告を耳元で囁き、審判の位置に移動する夢幻。

 陽弥瑚はワクワク顔で高みの見物。

 互いに礼。

 真剣な―――余裕がない美奈子は薙刀、そして緊張の面立ちの空也は腕輪を時空剣に変形させて構える。

「始め!」

 先に動いたのは美奈子。

 リーチの長さを生かし、穂が空也の足を刈り取る。

「ッ!」

 咄嗟にジャンプして躱す空也。

 しかしそれはフェイク。

 美奈子の本当の狙いは足ではなく、空也の弱点である左肩。

(空也はこれを受け止めれない。絶対に!)

 これで終わる。

 美奈子はそう確信していた。

 だが、

ガギン!!

「な!!」

 美奈子は信じられない光景を目にした。

 空也は自分の左肩を狙った薙刀の石突を時空剣で払いのけたのである。

 愕然とする美奈子から叫びに似た声が挙がる。

「ど、どうして。どうしてよ。何で使えるのよ。壊れて使えない左肩が!」

「・・・・・・、治ったのさ。」

「嘘よ!医者にも治らないって言われていたはずよ!なのにどうして!」

 何かに気付いた美奈子。

 批判の視線が夢幻の方へ向く。がそれは見当違いだ。

「違うよ美奈子。夢幻さんは関係ない。俺の肩は夢幻さんに出会う前にはもう治っていたんだ。この眼のおかげで。」

「眼?」

「美奈子と仲違いして、話さなくなった数か月の間に色々あったんだ。本当に色々――――この眼のおかげで。」

「何じゃ?どういう事じゃ九尾?」

 一人だけ話が見えない陽弥瑚に夢幻は説明を求める。

「簡単な話だ、土岐遠は左肩を大怪我していてまともに使えなかったが、実は治っていた、という事さ。」

「お主は知っておったのか?」

「時折、左肩を庇う癖が出ていたからな。それでそうなのだろうと思っていただけさ。」

「だからさ美奈子。心配しなくていい。自分を責めなくていい。俺の左肩は以前のように動かせる。」

 左肩を大きく動かし完治したことをアピール。

「・・・・・・・ッ、何よ、だからって手加減なんてしないだから。空也が弱いことに変わりはないわよ。」

 目尻に溜まった涙を拭い、気合を入れ直す美奈子。

 その顔には少し笑みが含まれていた。

「今日は絶対に勝って見せる。そして証明してみせる。俺の強さを!」

 今までの負け越しを振り払うが如く、空也は美奈子に果敢に挑んだ。




「で気合が空回りして見事に負けるとは・・・・・・、見事なオチだったな。」

「うるさいです!」

 大の字に倒れる空也に対して夢幻からのきつい一言。

「率直な発言は注意するよう言われていたのではないですか?」

「あれだけ鍛錬したのに安易に負けたのだ。これぐらいの小言は言っても許されると思うのだがね。」

 この反撃になす術なし。

 空也はこの日、二度の敗北の味を舐めるのであった。





「いやはやいやはや、中々見応えがあるいい試合であった。」

 満足げに微笑む陽弥瑚。

「流石九尾が眼をつけた事だけある。空の字も中々見どころある少年だ。」

 嬉々として話す横で黙って聴き入る美奈子。

 いや、聴き入るより聞き流しているが正しい。

(空也の肩が治っていた。以前みたいにちゃんと。)

 嬉しさと懐かしさから思わず笑みが溢れる。

 だが、心の奥底から姿を現す闇がその笑みを消す。

 <何を嬉しそうに。空也を壊した張本人が。>

(ッ!)

<彼の左肩を壊して高校の推薦を取消にしたのは誰?親友の恋路を邪魔したのは誰?>

(そ、それは・・・。)

<彼は許していないわよ。ただ家族だから心配しているだけ。本心では貴女を許していない。だってそうでしょう、だって彼から全てを奪ったのだから・・・。>

(だから私は・・・。)

<だから志望校の進学を諦めた?詭弁ね。そんな事したって許されないわ。貴女がした事、罪は変わらない。>


「美奈子?どうかしたのか?」

 気がつけば心配そうに見つめる陽弥瑚の顔がすぐそこに。

「大丈夫です陽弥瑚様。」

「本当か?随分顔が青いが。」

「本当に大丈夫ですから。」

 納得しきれない陽弥瑚の背中を押し、先を促す。

 先程まで囁いてきた言葉をかき消すように。

 しかし、

<貴女は絶対に許されない。>

 その言葉だけは耳に貼り付いて消える事はなかった。


花条院家、とは別作品――対魔師で登場する花条院京華の実家の事です。

この2作品は繋がっており、対魔師の約120年後の話になります。

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