4話 縁側
「俺が想像していたのは全く違った、感動的な再会だったな。」
陽弥瑚の屋敷の縁側に呆然と腰を根付かせる空也に強烈な一言を投下したのは夢幻。
「ご期待に添えれなくて申し訳ないですね。」
「いや、そう言うつもりでは・・・。すまない、失言だった。」
消沈と苛立ちの返答に慌てて謝罪を口にする。
「率直な発言が多いから注意しなさい、とあれ程言われていたのに・・・・・・、クセとは中々治らないものだな。」と独り言をぼやきながら空也の隣へ腰を下ろす。
夕暮れの日差しを浴びる美しい庭を前にただ無言の二人。
気まずい空気を払おうと頑張るししおどし。
しかし力不足は否めない。
「美奈子は今?」
「陽弥瑚が側にいるよ。君の事で大分カッカしていたが・・・。大丈夫、上手い事宥めてくれるさ。」
「そうですか。」
「ただ、このまますぐに連れ帰るのは無理だ。陽弥瑚も、そしてあの子自身もヤル気満々でね。願いを叶える、と意気込んでいたよ。」
「願い?」
「ああ、そう言えば話していなかったな。代理人として参加して勝ち残った者にはその者の願いを叶える事になっているのさ。無理矢理連れ込まれたからね。それぐらいの役得がないと。」
新たな事実を知ると同時に腑に落ちる。
「そうか、だから美奈子はあんなにやる気を。」
「彼女の願いを知っているのか?」
「はい、多分ですけど。」
美奈子の願い。
それは不合格になった第一志望の高校に通う事。
(俺のせいで不合格になってしまったあの高校に・・・。)
「土岐遠、一つ聞きたい。君と東埜宮美奈子とはどういう関係だ?君は彼女に家族だと言っていたが・・・。」
聞くか聞かぬか迷い迷って発した質問。
その問いに対して空也は自分語りを始めた。
土岐遠空也は小学校に上がる前に両親を事故で失った。
不景気で他所の子供を育てる経済がない事を理由に親戚の家をたらい回しにされた挙句、最終的には遠縁の叔母の元へと送られた。
その叔母は独り身。
仕事に人生を捧げる人で残念ながら子供を育てる能力は皆無だった。
そこで叔母は空也を交流があった東埜宮家に預けられる事に。
それは空也が小学3年の事でその時に一人娘の美奈子と知り合う。
以後二人は姉弟のように育てられてきたのだ。
「成程、それで家族か。」
「はい。ただ半年前からあまり口を聞かなくなって。」
「何故?」
「俺が悪いんです。俺がしっかりしていれば・・・。美奈子と紅葉の事だって俺が・・・。」
(訳アリ、か。)
「それで土岐遠よ、お前はこれからどうするつもりだ?」
「・・・・・・、紅葉を探します。」
「もう一人の友人だね。」
大きく頷く空也。
「美奈子の意思は固くて無理矢理連れて帰れそうにないので。ならまだ行方がわからない紅葉を探す方がいいかと。」
「賢明な判断だな。そうか、つまり土岐遠もこの地に留まるという事だな。」
何度も大きく頷き、そしてある提案を持ちかける。
「土岐遠よ、俺の手伝いをしないか?」
「手伝い?人攫いの退治ですか?」
「それもだが―――、俺の代理人として出場してみないか?」
「俺が貴方の代理人に?」
「ああ、そうだ。それならばもしもの時、東埜宮を守れるだろう。」
即座に返事できなかったのは、ある考えが浮かんだから。
「一つ条件があります。」
怪訝な表現のまま、聞き返す夢幻。
「はい。代理人になる条件に一つ叶えてほしい事があります。」
空也は大きく深呼吸を一つ。
そして未練を断ち切るかの如く、はっきりした口調でこう言った。
「俺の願い。それは美奈子と紅葉から俺との思い出を消して、二人の仲も取り持つ事です。」
「二人の仲を取り戻す為に自分の事を忘れてほしい、か。なんともまぁ~、悲しくて寂しい願いじゃのう。」
三日月と煌めく星が照らす庭の縁側で盃を酌み交わす陽弥瑚と夢幻。
「本当に驚かされたよ。」
「どうしてそんな願いを?」
「東埜宮美奈子と犬飼紅葉は親友の間柄だが今は絶交状態だそうだ。詳しくは話してくれなかったが。」
「それでお主は何と答えたのだ?」
「わかった、と答えたが。」
「なんじゃと!願いを聞き入れたと言うのか?」
「わかった、と答えただけさ。叶えるとは一言も言っていないよ。」
夢幻の返答に呆れ顔の陽弥瑚。
「それに俺は神じゃないからね。人の願いを叶えるなんてできないさ。」
「そうじゃったな。お主は現界出身の元人間であったな。」
酒をぐびっ、と仰ぎ、盃にお代わりを注ぐ。
「それにしても、あの少年がそんな願いを・・・・・・、因果なものじゃな。」
「因果??」
「な、何でもないぞ。気にするな。」
おもわず漏れた失言を慌てて取り繕う陽弥瑚。
怪訝に思った夢幻は少し追及してみる事に。
「で、東埜宮はどんな願いを?」
「それは言えん。女同士の固い約束じゃ。いくらお主でも話すことは出来ん。」
全力で首を横に振り、真っ向から拒否。
「(いかんいかん。九尾は心を読める上、言動には気を付けんと。)それにしても驚いたわ。まさかお主もこの催しに参加するとはな。」
全てを見透かすような視線から逃れる為に話題を変える。
「嫌な予感がするからな。できる限りの手は打っておきたい。」
「なぁ九尾よ。お主は我が父君の死からずっと疑っておるようだが、どうしてじゃ?」
陽弥瑚の父は突然死だった。
勿論他殺の線は考えられたが毒や呪われた形跡は見つからず、結局不慮の死と結論。
その事に皆が納得する中、唯一人夢幻だけが異議を唱えているのだ。
「・・・・・・、確証はな何もない。ただ胸騒ぎがするだけさ。疑り深いと言われればそれまでだし、それも承知だ。独りよがりだ。だけど―――万が一、良からぬ陰謀があるのなら・・・、その時になって何もできなくて嘆くぐらいなら・・・。今出来る防衛策を打っておきたい。ただそれだけだ。」
その口ぶりは透明の酒に映し出される自分自身に言い聞かせるよう。
「そうか・・・・・・、それならば妾はそれ以上何も言わん。いや言えぬな妾には・・・・・・。世界の秩序と理を守る為に人間であることを捨て、悠久の呪いを背負い続けるお主に妾如き未熟者が何を言えようか・・・。」
残りの酒を飲み干し、立ち上がった陽弥瑚は「それじゃあな。」と一言告げ、寝室へと戻る。
残された夢幻は青白く照らす三日月を見上げる。
ふと、今まで自分が歩んできた日々を思い返してみる。
だが、百何年もの時の流れが記憶に霞を発生させる。
思い出せない記憶すらある。
「辛い過去も今となってはいい思い出、か・・・・・・。だけど今の俺にはそれすらも思い出せなくなっているよ。」
弱音混じりの独り言に傍に置いていた十束剣がカタッと鳴る。
それはまるで主を励ますかのように。
「ありがとう。大丈夫、俺はまだまだやれるよ。」
盃を床に置き、そして十束剣を軽く撫でる。
「未来ある若者たちの為に、今、出来る事をするよ。」
自分にはそれしかできないのだから。