3話 代理人
「さぁ、着いた。ここが君に代理人をなって欲しい、太陽の神であり、前神上の娘、陽弥瑚の屋敷だ。」
辿り着いた場所は3m程を大きな真紅色の薬医門を構えた大きな屋敷。
角が全く見えない白濁の塀の圧倒的な存在感に尻込みしてしまう空也。
「言っておくがこれでもまだ小さい方だ。もっと広い屋敷は数多くあるぞ。」
「壮大ですね。」
「無駄に広いだけだよ。だけど神達は広い屋敷でないと落ち着かないらしい。良く分からんがな。」
意見の相違だなと肩をすくめ、そして門を三度叩く。
「どちら様ですか?」
突然、門に大きな目玉が出現。
驚きの声を上げる空也。
「俺だよ、蓮。」
一方の夢幻は何事もなく、片手を挙げる。
どうやらこの世界ではごく当たり前の光景のようだ。
「これはこれは、狐様。今日はどのようなご用件で?」
「陽弥瑚の眼に適う代理人を見つけたのでな。面通しを行いたいのだが、都合はつくかね?」
「そうなのでしたか。それは少し困りましたね。」
「どうした?」
「実はお館様の代理人は既に決まりまして。」
「決まった?いつ?」
「二日ほど前です。森を散歩中、彷徨う現界の子供を見つけ保護しまして。そしたら互いに意気投合し、『この娘と出場する!』と豪語いたしまして。今、代理人の特訓中でございます。」
「そうだったのか・・・。」
「こちらから頼んでおきながらこのような事になり、申し訳ございません。」
「それは構わないさ。で、その保護した者の腕前は?」
「それがかなり筋が良く、お館様もご満悦で。」
「成程、ともかく陽弥瑚と会いたい。通して貰えないだろうか?」
「承知致しました。」
門から目玉が消えると同時に開門。
中へと足を踏み入れる。
「お館様は修練の塔におられます。」
「わかった。すまんな空也。話がややこしくなって。」
「いえ、そんな―――。」
「もし代理人の話がなくなったとしても君の友人探しは約束通りするからそこは安心してくれ。」
「分かりました。」
殆ど上の空な返事なのは敷地内の景色に意識を奪われているから。
地面一体に敷き詰めらめた白い小石に植えられている木々、苔で彩らめた石や小池。
それらは全て計算されたように配置されているようで美しい、の一言。
京の庭園をも上回る神秘的な美しさに畏れ驚き、夢幻が踏み入れた箇所を歩き追尾する事しかできないでいた。
「あの横に長く続く建物は神殿でその後ろに聳え立つ五重の塔が修練の塔だ。」
歩き続ける事およそ5分、目的地である塔まで到着。
石階段を登り中へ入るとそこには正座して瞑想している一人の幼女の姿が。
煌めく炎色のおかっぱにシミ一つない白い肌、赤い唇。
勾玉が散りばめられた上質な着物を纏ったそれは正に日本人形のよう。
「アレが陽弥瑚だ。あんな形だが年は空也より遥か年上。あまり馴れ馴れしくしてはいけないぞ。」
「わかってます。あんなにも神々しいオーラを放つ人に馴れ馴れしくなんてできませんよ。」
「そうか。」
ご満悦の夢幻は陽弥瑚の名を呼ぶ。
「ん?おや、九尾ではないか!妾に何用か?」
「ご満悦だな、陽弥瑚よ。用は他でもない、お前さんのお眼鏡に適う代理人を見つけたのでな、ぜひ面通しをと思ったのだが・・・。」
「そうか。だが、少し遅かったな。妾の代理人はもう決まった。とても筋の良い女子じゃ。妾はあの娘と共に戦うと決めたのじゃ。」
陽弥瑚のクリクリとした大きな黄金色の瞳が空也の姿を捉える。
「土岐遠空也です。」
「ほほう、これはまた珍しい眼を持った少年よのう。このような者をよく見つけたのう九尾。」
空也をじっくりと観察する陽弥瑚。
「中々だろう。」
「ああ、じゃが妾が見つけてきたあの娘には負ける。素晴らしいぞ!潜在能力はバッチリ。このまま臣下として妾の手元に置いていきたいぐらいじゃ。」
「ベタ褒めだな。で、その代理人は今何処に?」
「あそこじゃ。」と指差す先にあるのは台の上に置かれた紫色の水晶球。
「今、あの中で牛頭と戦っておる。」
「牛頭と?!もうそこまでの技量を備えたのか?!」
「ふふふ、凄いじゃろ。」
自分の事のように自慢げに誇る陽弥瑚。
「本来なら今すぐ紹介したいのじゃが、あの水晶の中に入ると相手を倒すまで出てくる事はできん。じゃから一杯盃を交わしながら待とうではないか。お前さんの眼について深く聞きたいしな。」
「いや、俺は未成年だから飲めないですよ。」
ビシッ!
「え?水晶球にヒビ?」
「おい、陽弥瑚!」
「なんじゃと!まだ半日ばかりしか経っておらんぞ!」
驚く三人を他所にひび割れは水晶球全体へと広がり、そして粉々に砕け散ったと同時に中から薙刀を持った少女が飛び出し、地面に着地。
「陽弥瑚様!私、やりましたよ!」
可愛さより美人が勝る顔立ち。
細く長い眉に青紫の瞳、藍色の髪を御神籤結びで束ねた健康的で均整の取れたスタイル。
巫女服の至る所にある焦げや煤、額から流れる汗と肩で息をするその姿から激戦を繰り広げてきたのがひしひしと伝わる。
「見事じゃ美奈子!!こんなにも早く牛頭に勝つとは!妾の想像以上じゃ!」
興奮冷めやらぬ陽弥瑚。
褒美の抱擁の為、駆け寄る。がそれよりも先に美奈子へ駆け寄る影が。
「美奈子!」
「え?嘘・・・。なんで空也が?」
「良かった、無事で良かった。」
そう、彼女こそ、土岐遠空也が探し求めていた人物の一人、東埜宮美奈子であった。
再会に喜ぶ空也とは裏腹に戸惑いと喜び、憤りを入り混じった複雑な表現をみせる美奈子。
しかし空也は美奈子の心情に気づく事なく話し続ける。
「さぁ美奈子。帰ろう。俺達の街に。」
「帰る?」
「ああ。帰り道の事は安心して。俺が―――。」
「帰らないわよ私。」
「え?」
「私は帰らないわ。ここに残って陽弥瑚様と共に今回の戦遊戯に出るの。」
「そうじゃそうじゃ!」と囃し立てる陽弥瑚。
「何で?」
「何でって・・・、空也には関係ないでしょ!」
「そんな訳ないだろ美奈子。お前は俺にとって大切な家族なんだぞ。」
「家族・・・。」
空也の言葉に悲しげな表情になる美奈子。
しかしそれも一瞬、すぐさま厳しい表情と変わり空也を睨みつけた。
「違うわよ。貴方は赤の他人!もう私の事は放っておいて!」
この強烈な一言に言葉を失う空也。
さようなら、と言葉を残して立ち去る美奈子の寂しげな背中を空也は呼び止める事ができなかった。