30話 三日月の夜
「失礼いたします陽弥瑚様。晩酌用の清酒をお持ち致しました。」
「蓮か・・・。入ってよいぞ。」
襖を開けると三日月を眺め、黄昏る陽弥瑚が一人。
いつもならそのまますぐにこの場を離れるのであるが、今日はそのまま居座る。
それは陽弥瑚が心配であったから。
あの裁き後、陽弥瑚はずっと心あらずであった。
とはいえ、何かを尋ねる訳ではない。
ただ待ち続けるのみ。
陽弥瑚から話し出すことをひたすら待つ。
「九尾はどうした?」
「狐様は夕暮れ時にファナ殿を連れ立って、神獣の森へと出発しました。カムイがあのような事になったのでしばらくは狐様が神官の代理を務めるそうです。」
「そうか・・・。またしても九尾に重荷を背負わせたな・・・。」
閑話休題。
「時にカムイは?」
「先程、眠りに就きました。泣き疲れたようで死んだように眠っております。」
「そうか・・・・・・。」
三日月を再び眺める。
鈴虫と蟋蟀の演奏が二人の間を持たせる。
「なぁ、蓮よ。」
「なんでしょう陽弥瑚様。」
「あの裁きの雷は妾が降らしたのだろうか・・・。」
「・・・・・・、裁きの雷は陽弥瑚様の父君――神上様のみに与えられた力です。そしてもちろん陽弥瑚様にも扱える力は備わっています。」
神の地位に就いていれば、という言葉は敢えて飲み込む。
「妾はあの時、カムイに裁きの雷を下したい、と思った。だがそれはファナに対しての裁きではない。妾の友―――九尾を侮辱されて腹が立ったからじゃ。」
心の内を白状する。
「神は常に中立で平等に。俯瞰であれ。自分の感情に流されてはならない。いつも父上に言われてきた言葉じゃ。じゃが妾はそれが出来ぬかった。今日もファナの事よりも友への侮辱が許せなくて。感情のままに・・・・。だから父上は妾を後継ぎとして指名しなかったのじゃろうな・・・・・・。」
自虐気味に笑みを浮かべる陽弥瑚。
「よろしいのではないかと思います。」
「え?」
「私は陽弥瑚様はそのままでいいと思います。」
仕える身として出過ぎた真似かもしれない。
だが幼少から世話してきた身として、消沈する彼女が見てられず、気づけば意見を口にしていた。
「俯瞰的で事務的な対応よりも寄り添い、そして友の為に声を挙げ、立ち向かう神が一人ぐらいいてもいいと思います。父君とは違う全く別の道を突き進むのも私は陽弥瑚様らしくていいかと。」
「妾らしい、か・・・・・・。蓮よ、今宵の晩酌、付き合ってもらうぞ。」
「ご相伴に預かります。」
ふっ、笑みが零れるその顔には何かが吹っ切れた、そんな表情をしていた。
「こんな所にいたのね空也。」
「美奈子、か。」
五重塔の麓で三日月を眺めていた空也の隣に美奈子は座る。
「眼の調子はどう?」
「もう問題ないよ。完全に治ったから。」
「嘘。」
空也の発言を一切信じない美奈子。
「・・・・・・、すいません。まだ少しぼやけてます。」
彼女の無言の圧に耐えられず、白状する。
「無茶をしないで。お願い。空也に何かあったら私―――。」
「ごめん。」
隣に座る美奈子の手を優しく握る。
すると美奈子は空也の肩に頭を乗せ、寄り添う。
「紅葉、記憶喪失なんだね。」
「そうだな・・・・。」
神獣の森から連れ出して数日。
その後の調べで紅葉はこの世界に来た時にはすでに記憶を失っていることが判明した。
自分が誰でどこから来たのかもわからない。
だからこそ、最初に出会ったカムイの言葉を疑いもせず信じたのである。
「ねえ、紅葉が記憶喪失になったのは私のせい、だよね。私が紅葉を苦しめたから、紅葉の事を考えなかったから。」
「美奈子だけのせいじゃない。自分を責めるな。」
「でも―――、このまま紅葉の記憶が戻らなかったら・・・。そう考えたら私―――。」
「大丈夫だ!」
両手を強く握る。
二人の顔がものすごく近いのはそれぐらいでないと、はっきりと見えないから。
「紅葉の記憶は絶対に取り戻してみせる。何がなんでも。そして記憶が戻った時、一緒に謝ろう。」
「うん。ありがとう空也。」
涙ぐむ美奈子をそっと抱き寄せる。
そんな二人を遠くから見つめている人物が一人。
「美奈子様。土岐遠様・・・・・・。」
かなり離れている為、何を話しているかはわからない。
だが二人の様子からとても親しい事が十二分に伝わった。
傍から見れば心温まる二人の距離。だけど、
(なんでこんなに心が苦しいの?)
二人が幸せそうな光景を見る度に自分の心が痛い。
締め付けられたようかに心が苦しい。
寄り添う二人の姿をこれ以上見たくない。
気が付けばその場から逃げ出していた。
(私は自分が誰かわからない。何もわからない。なのに何でこんなにも苦しい思いをしないといけないの?何でこんなにも悲しいの?)
乱れる息。
木に手を置いて呼吸を整える。
「私は・・・・・・、あ。」
ふと気付く。
自分が涙を流していた事に。
「辛いよ、苦しいよ。誰か・・・・・・。」
脳裏に浮かぶのは土岐遠空也の顔。
「助けて・・・。」
もがくように零れた言葉。
「大丈夫、アタイが助けてあげるよ。」
「え?」
振り返ったその時――――。
彼女の姿は忽然と消え、その場には魂石が一つ。
夜の暗闇から忍びでてきたのは頭巾を被った人影。
その人影は地面の転がる魂石を掴み、中を確認。
「うん、ちゃんといる。もうダイジョブだよ。」
魂石の中で気を失っている彼女に優しく話しかける。
「ちゃんとアタシが守ってあげるから。安心してねメイちゃん。」
その人影は魂石を胸元へ大事に収め、暗闇に紛れてそのまま消えた。
第1節、終了となります。
続きは少し時間を空けて投稿する予定です。
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