29話 裁き
「陽弥瑚様のおな〜り〜。」
拍子木の鳴る音に合わせて上手から登場する陽弥瑚。
中央に置かれている上質な帳簿台の後ろに正座。
「み、皆の衆、表をあげよ。」
緊張と恥ずかしさから若干噛む陽弥瑚。
最後尾席から全体を見渡す空也。
舞台上には気恥ずかしそうにしている陽弥瑚。
上座と下座には夢幻と蓮がそれぞれ正座。
舞台下の白い砂利が敷き詰められた地面には縄で捕縛されたカムイと本物の巫女姫が座り、そして最後尾に空也。その両翼には美奈子と紅葉(仮)。
「時代劇でよく観る奉行所みたいだな。」
「静かに。」
美奈子から小声で注意され、口を閉じる。
「それでは裁きを行う。蓮よ。」
今回の発案者である蓮が元気よく返事をし、訴状を読み上げる。
「罪人カムイは天命を受けた神獣の巫女姫であるファナを森から不当に追い出し、現界の少女を本物と世間を欺き、さらにその少女を無理矢理神獣と関係を持たせようとした。どちらも許しがたい重罪である。」
「双方、蓮の発言に相違ないな。」
「はい。」
深く頷くファナの一方、
「ちょっと待って下さい陽弥瑚様。これでは私1人だけ悪者ではありませんか。」
「違うと申すのか?」
「ええ、そもそも前の巫女姫は私が追い出したのではありません。勝手に出て行ったのです。修練にはすぐに根を上げ、森の生活に耐えれずに。ですから私は仕方なしに代わりとして現界から来た少女を巫女姫にしたのです。」
悪そびれる事なく反論するカムイの態度に憤る陽弥瑚。
立ち上がろうとした時、夢幻が名前を呼ばれ制止、再び席に着く。
「カムイよ、お前は自分が正しい行いをしたと申すのだな。」
「そうだ狐もどき。」
「なら今一度問おう。ファナに無理難題な修練を行い、出来なければ罵詈雑言。さらに四六時中監視をつけ、行動も制限。あまつさえは物や服、挙句には身につける下着にすら口出ししたそうじゃないか。それが正しい行いだと言うのか。」
「最低。」
美奈子からの批判。
その反対側から恐る恐る手を挙げる人が。
「あ、あの~。」
「どうした犬飼紅葉。」
「カムイがそのような事を行っていたなんてちょっと信じられなくて。私の時とは全然違います。」
彼女の証言は今夢幻が内容とは真逆。
修練は手取り足取り教え、難しければ内容を変えるなど親身に付き添っていたそうだ。
「監視や行動の制限もなくてすごく優しかったのですが・・・。」
「それはそうさ。何故なら君はカムイにとって理想的な巫女姫。だからファナとは全く違う対応をしていた。」
「理想、ですか?」
「ああそうだ。ファナは巫女姫に相応しくない。だから精神的に追い詰めた。自ら命を絶たせる為に。しかしファナは自殺ではなく、逃亡を選んだ。」
結果的にファナを森から追いやったカムイ。
ファナが故郷に帰れないように監視を付け、路頭に迷わせるよう仕向けた。
そして後に神隠しに逢った紅葉を保護。
彼女が記憶を失っている事を幸いに巫女姫と仕立てる事を目論んだのである。
「戦遊戯で祝辞を述べる際、素顔を晒したのは彼女が巫女姫だと周囲に認知させる為。」
「後からファナさんが抗議したとしても信用されないように先手を打った、て事ですか?」
「その通りだ東埜宮。だがそこで一つ問題が生じた。」
それは空也達の存在。
集う代理人達の中に紅葉の事を知る者がいると気付いたカムイは狛犬に探らせ、空也と美奈子の存在を突き止める。
「二人の存在が邪魔だと考えたカムイは戦遊戯を利用して二人を排除する事を思いついた。うずめの転移術に干渉して東埜宮と土岐遠だけを別場所に移動させて拘束・監禁しようとした。」
「そうか、だから他の代理人と出会わなかったのか。」
「そして犬飼紅葉には嘘の儀式を行い、無理矢理孕ませる事で森の繋がりを強制した。」
本来の成熟の儀は森内で権威ある神獣達に三顧之礼を行う、簡単なしきたりでカムイが執り行おうとした儀式は大昔に行われていたが、非人道的だという事で既に廃止されていた。
「何か間違っている所はあるか?」
「フン。」
鼻を鳴らしそっぽを向くカムイ。
「何故ですか?」
突如、ファナが口を開く。
「何故私は巫女姫として認めてくれないのですか?確かに私は巫女姫としてまだまだかもしれません。でも貴方は私に足りない所を教えてくれず罵倒するのみ。お教え下さい、私の何が足りないのですか!」
目尻に涙を溜め、藁にもすがる思いで懇願するもカムイはどこを吹く風。
意地でも答えないつもりだ。
「褐色肌の巫女姫など認めてなるものか。」
「え?」
「あんな男遊びしていそうな肌の女が巫女姫なんてありえない。俺は絶対に認めない。そう狛犬達に愚痴をこぼしていたそうじゃないか。」
「何故お前がそれを!誰かが告げ口したな。」
カムイの言動が真実だと告げる。
「そんな・・・。」
絶句するファナ。
「言語両断じゃ!見た目で良し悪しを判断するなど神官――いや人として成らぬ行為。恥を知るがよい。」
「黙れ!!」
唐突に吠えるカムイ。
今までの鬱憤、胸の内を吐き捨てるかのように吐露する。
「この私が神獣の森にどれだけ貢献してきたと思っている。数百年だぞ。その私が相応しくないと言っているのだ!それのどこに問題がある。」
「カムイ、お主がこれまで神獣の為に誠意を尽くしてきたのかは分かっておる。じゃが、だからといってお主が今回行った事は正当化されるものではない。よって判決を下す。」
「判決?神のなり損ないが裁きなど出来るわけないだろうが!」
カムイの発言に陽弥瑚は硬直。
蓮と夢幻は渋い表情。
「どういう事、美奈子?」
「さ、さあ?」
「何だ知らなかったのか現界人。神は本来、役職名、神名を与えられる事で正式に神として認められる。しかし彼女は未だ幼名のまま。急死したとはいえ生前から継承されていないとは余程の期待外れなのだろうよ。」
「陽弥瑚様へのそれ以上の侮辱は許しませんよ。」
温厚な蓮が怒りを露わ、拳を突き上げる。
「カムイ、いい加減にしろ。お前がやった行いは許されるものではない。」
「一丁前に説教するつもりか狐もどき。俺はお前と同じ事をしたに過ぎない。」
「何?」
「封印され、力も身体を失ったお前が全てを手に入れる為に何をした。その肉体の本来の持ち主の魂を喰って手に入れたくせに。」
それに対して夢幻は表情を一切変えず聞き流す。
的外れな事を、戯言だと。
しかし次の発言は聞くに堪えがたいものだった。
「それに知っているぞ狐もどき。お前は力を得る為に、その身体の持ち主に好意を寄せていた女を犯したそうじゃないか!」
ピクリ。
反応を見せた事に確信を突いたと判断したカムイは饒舌となる。
「なんでもかなりの力を持った女だったそうだな。その女から力を根こそぎ奪うために捕まえ、廃人になるまで犯して放り捨てただろうが!そんなお前と俺。どこが違うというのだ!!」
驚きと冷たい視線が入り混じる中、渦中の夢幻は一言。
「言いたい事をそれだけか・・・・・・・。」
冷酷で慈悲なき一言。
冷たい空気がそのままカムイを斬り裂こうとした時、
バン!!
台を強く叩く音に皆が注目する。
「ゆ、ゆ、許さぬぞカムイ。妾の友に対する謂れのない誹謗中傷。絶対に許すことは出来ん!!」
「なんだ、裁きに私情を挟むのか陽弥瑚様。それこそ神として失格だな!」
陽弥瑚の怒りは限界値を遥かに超えていた。
怒りに身を任せて声を荒げる。
「天罰じゃ。裁きの雷を受けるがよい!!」
「やれるものならやってみろ!!」
その時だった。
雲一つない快晴の空に唸りと共に突如、黒く不気味な雲が空を覆い始める。
「何事?」
戸惑う一行。
一番最初に全てを察したのは夢幻だった。
「蓮!」
その呼びかけに察した蓮はすぐさま行動。
陽弥瑚の手を引き、上手へ避難。
夢幻もファナ、そして空也達三人を掴み、その場から離れた直後、轟きと共に強力な雷がカムイへと直撃。
カムイの断末魔と轟音が響く。
時間としては5秒ほど。
しかし空也達の体感はもっと長く感じた。
黒い雲が消え去り晴れ空が戻る。
焦げ臭さと灰色の砂煙が薄まるその中から出てきたのは一匹の灰色の犬だった。
「カムイはどこに?」
「犬養紅葉、あの犬がカムイだ。」
「「「「え!!?」」」」
「ワン、ワン!」
激しく吠える犬―――もといカムイ。
犬歯をむき出して威嚇。
何かを試みているのか、大きく口を開けたり、前足を前に突き出す。が、何も起こらない。
そんな彼に対して夢幻は現実を突きつける。
「諦めろカムイ。さっきの裁きの雷でお前は全ての力を失った。今のお前は狛犬以下―――何もできない只の犬だ。」
そんな馬鹿な!と吠えるカムイ。
何度も何度も試みるが、何も起こらず。
陽弥瑚が、蓮は、空也が、美奈子が、ファナが、その場にいる全員が哀れな視線を向ける中、何度も試すが結果は変わらない。
――嘘だ!こんなの嘘だ!!―――
その日、悲しみの遠吠えが何度も、何度も街中に聞こえた。




