2話 現界と天界
20XX年4月上旬、日本全国で500余りの子供が忽然と姿を消した。
いなくなったのはいずれも10代の子供達ばかり。
学校の教室など子供が複数人いる箇所を集中的に狙われたのだ。
大勢の子供達が一斉に消えた事で日本中はパニック。
政府は臨時会見を開き声明を発表するが有益な情報は殆どなく、1週間経った今も子供達は消失し続けているのが今の現状である。
「で、消えた子供達は何処にいるのか?そしてどうして攫われたのか?その答えは天界にある。」
「天界?」
「そう、君が暮らす世界と異なる世界。神々が暮らす世界の事さ。天界と現界――君達が暮らすこの世界の事だが――は全く別世界であるが、実は繋がりがある。この通りにね。」
夢幻が徐に手を伸ばすと空間がひび割れ、裂け目からは灰色の景色が覗き見えた。
「これを我々は門と呼んでいる。この門は日本各地に数多く存在している。普段は固く閉じられているけどね。」
裂け目は人一人が余裕で通れるほど大きくなると夢幻は平然と潜り抜けて手招き。
それを受けて空也は門を跨ぐ。
こうして空也は天界に四度足を踏み入れた。
「今、門は神々が意図的に解放している。だからこんなにも簡単に開け閉めができるのさ。」
「何故そんな事を?」
「ことの発端は半年前、神上が急死した事が始まりだ。神上とは役職の名称でね。神々は自由気まま・身勝手・自己中心的な者が殆どでそんな神々のまとめ役として神上、という役職が存在している。」
議長や知事みたいな物だと勝手に解釈。
「本来、神上は退任時に後任を指名する任命制。ところが・・・。」
「急死だった事で後任を指名できなかった?」
「ああ、そこで数人の神が一堂を会し、誰が次の神上の職に就くか話し合われた。だが、参加した神々は皆神上という職を欲した。力づくでも神上になろうとした。」
「戦いが始まった・・・。それでその後どうなったのですか?」
「いいや、戦にはならなかった。」
「え??」
「何せ神の力は強大。本気の一振りで世界を簡単に破壊できる程だ。さすがの神々もそこまでの無茶はしない。でだ、どのようにして次の神上を決めるかを考えた。そんな時、一人の神がこう言った。」
『自分達が戦えないのであれば、代理を立てればいい。』と。
そして違う神が言った。
『ならばいっそ、臣下ではなく無造作に、それこそ現界から人を拾って育ててみてはどうだ?』
『どうせなら成長期である子供にしよう。』
『面白い。我らの力を少し貸してやればいい見せ物になるだろう。』
「なっ!!」
「これが今世間を騒がせている神隠しの全貌さ。」
「それじゃあ美奈子と紅葉はすでに神の代理人に?」
「美奈子?紅葉?・・・あぁ、その君が探している友人の名前だね。いや、そうとは限らない。最初の500人の神隠しは少しエラーが生じてね。」
何でも到着座標の設定が上手くいかず、天界の至る所に放り出された、の事。
「そんなの無茶苦茶だ。身勝手過ぎる。」
「その通りだ。神は自由気ままで身勝手、自己中心的だと言っただろう。今回の事も神々にとってはただのお遊戯、暇つぶしにしか考えていない。」
さらにこの話を聞きつけ『面白そうだ』を理由で参加表明する神も後を絶たず。
それ故、神隠しが今現在も起こってるのである。
「そして、この事を知った悪どい下々の衆は金になると嗅ぎ付け、門を利用して子供を攫い、御神に売りつける商売を始めた。」
「それがあの旧鼠達ですね。」
「そういう事。因みに土岐遠、君はあの旧鼠以外にも捕まえたりしたかい?」
「はい、あの旧鼠を含めて3度。」
空也は3月末日から2週間ほど入院していた為、神隠しに巻き込まれずに済んだ。
その後、被害に遭った教室から痕跡を辿って天界に渡り、そして人攫いを行う輩を成敗しつつ、二人の行方を探っていたのだ。
「そうか、3回か・・・。」
眉を潜ませ思考を巡らす夢幻。
しかしそれも一瞬。
空也が尋ねる前に「なんでもないよ。」と話を逸らされてしまった。
「土岐遠、着いたぞ。」
夢幻に伴って歩く事1時間弱、大きな街へと辿り着く。
「物珍しいかい?」
「ええ。」
周囲を仕切に見渡す空也。
高層ビルなどの現代的な建造物は一切なく、木造建築の長屋がずらりと並ぶ。
地面はアスファルトではなく土で行き交う人々の服も合成樹脂の現界流行りの服ではなく、麻や絹で作られた装束や羽織り。
まるで過去へタイムスリップしたみたいだ。
「建物や衣服、この世界の文明は平安から江戸までの文明が元になっている。」
夢幻の話では江戸時代までは互いに使者を送り合うなど天界と現界の交流が盛んにおこなわれていたそうだが、明治に変わったのを境に交流は途絶えたそうだ。
「何故ですか?」
「文明開化。天界よりも西洋の方が得る物が大きい、というのが言い分。だけど本音は徳川幕府の行いを全否定したいが故。それ以降天界とはほぼ断絶状態に陥ったのさ。・・・それにしても。」
「何ですか?」
「土岐遠は肝が据わっている。普通は驚きや恐れが沸くはずだがね。」
すれ違う者の中には犬や猫、魚やナマズなどの顔をした者がまばらまばら。
「色んな世界を見てきましたから。」
「それはさぞ貴重で素晴らしい体験をしてきたのだな。」
「楽しい事ばかりではなかったですけど・・・。ところで夢幻さん、俺達は何処に向かっているのですか?」
店々が軒並ぶ通りを通過し、中心部へと進む二人。
行き交う人の数も減り、身につけている物や服装も先程より上質になっていた。
「俺の知人の所さ。今から君はその知人の代理人になってもらう。」
「代理人?つまり俺をこの戦いに参加させるつもりですか?何故?」
「君の実力なら最後まで勝ち残れる、内情を探りながらね。」
「内情を探る?」
「そうだ。俺は今回の件、そもそも神上が急死した事すら疑っている。本来なら後500年は優に生きれたはず。なのにあんなあっけない死に方をするなんておかし過ぎる。何か良からぬ事を起きそうな気がして仕方がないのだ。」
「その為に俺を送り込んで調べろと。」
「その通りだ。了承してくれるとありがたいのだけどね。」
柔らかい物言いだが、圧が凄い。とても断れる雰囲気ではない。
まだ出会った間がない相手でよく知らないがこれだけは分かる。
夢幻にはどう足掻いても勝てる相手ではない、と。
「わ、わかりました。」
空也は頷くしかなかった。
「そうか、助かるよ。なに、そんなに深く考えないでいいよ。デスゲームではないからね。ま、間違って死んだとしても閻魔に口利きして生き返らせてあげるから安心してくれ。」
気持ちを和ませる為の言葉であったのだろうが、残念ながら逆効果。
(怖い事を言わないでくれ・・・。)
不安がさらに募るだけだった。