27話 決死の退却
「夢幻さん・・・。」
「もう大丈夫だ土岐遠。後は俺に任せろ。」
夢幻の言葉に導かれ、ゆっくり眼を閉じる空也。
すると二人を守っていた時空の歪みは消えて無防備状態に。
荒息高々、好機と飛びつく玃猿に恐怖で息をのむ二人。
だが、
「おい単細胞猿。いい加減にしろよ。」
低く迫力ある夢幻の言葉に玃猿の動きがピタリと止まる。
「キ、キ・・・・。」
冷や汗をだらだら流す玃猿。
夢幻の一言で発情は一瞬で静まり、冷静さを取り戻す。
「前にも言ったよな、節度を弁えろって。次がない事を忘れたのか?」
「キキ~~~。」
大慌てで飛び退く玃猿。
大木の裏に隠れ震えあがるその姿は暴れていた先とは全く異なる。
玃猿はその昔、九尾の狐に成敗された事があり、それ以来九尾の狐に恐れを抱いているのであった。
「もう大丈夫だ二人とも。ああ、動きを封じられているのか。」
懐から取り出したのは御札。
美奈子の身体へと投げ貼ると印を結ぶ。
「解。」の一声で自由を取り戻した美奈子。
二人は一目散に空也の元へ駆け寄る。
「空也!」
「土岐遠様。」
「力を使い果たしただけだ、安心するがいい。」
「お、おのれ~~、九尾の狐もどきが・・・。」
よろめきながら立ち上がるカムイ。
怒りの矛先が自分に向いていることを確認して美奈子に指示を出す。
「東埜宮。土岐遠と彼女を連れて、この森から出るんだ。外には陽弥瑚がいる。」
「陽弥瑚様が?!」
「ああ、陽弥瑚なら空也の眼を治せる。急げ。」
「は、はい。」
「夢幻さん。」
「お前は何も喋るな、連れて行け。」
「いくわよ空也。」
眼を開けることが出来ない空也を肩を貸して立ち上がらせる。
「させるか!狛犬達よ!」
口笛を鳴らし、狛犬を呼び寄せる。
茂みの影から飛び出して美奈子達へと襲い掛かるが、夢幻がそれを許さない。
「土術、霹靂断。」
印を結び地面を叩く。
すると4m程の土の壁が地面から生え、空也達と分断する。
「さぁ行け!」
「くそが!おい狐もどき。よくもこの森の御心を邪魔をしたな。」
「御心、だと。」
「そうだ、神聖なる成熟の儀を台無しにして。許されると思っているのか!」
「お前の行っている行為が本当に正しいのなら許されないかもな。」
「俺の行いが間違っているというのか!」
「ああ間違っているさ。関係ない現界人を巫女姫に仕立てあげる為に、違法な儀式を行おうとした事が正しい行いだというのか?」
「っ!!!違法ではない!俺が正しいんだ!!!やれ、狛犬達よ。」
一斉に襲い掛かる狛犬達。
「望天吼よ、お前達も行くのだ!」
更に口笛を鳴らし、五匹の望天吼も呼び出す。
「いくら数がいても、ね。」
十束剣を振るい狛犬達を次々と薙ぎ払い、手から撃ち放つ黄金の炎で望天吼を一撃で葬る。
圧倒的な強さを見せつける夢幻にカムイは歯ぎしり。
「くそ!こうなったら猿王様!」
「キキッ!?」
「あの狐もどきを倒すのです。」
カムイの指示に全力で首を横に振る玃猿。
「何を恐れているのですか!あれはあなたを倒した九尾ではありません。良くご覧なさい、奴は一尾しかない。所詮は偽物。恐れるに足らずです。」
しかし玃猿は戦おうとはしない。
恐れているのだ。
足は震え、身を縮こまらせて夢幻から眼を背ける。
「くっ。こうなったら、猿王様。私が力をお貸ししましょう!」
両手で印を次々と結び、言を唱える。
すると玃猿の身体は大きく屈強となり、瞳も紅くぎらつく。
全身から闘争心が爆発。
先程までの怯えは完全に消えた。
「っ?!その呪言は!」
「気付いたか狐もどきよ。そうさ、神獣達の力を増大させる呪言だ!」
その呪言はこの場を中心として森全体へと浸透していく。
(土岐遠達が危ない。)
視線を切ったその一瞬、
「キィアアアアアア!!!」
「っ!」
雄叫びを上げながら突進する玃猿。
そのスピードは夢幻の予測を遥かに上回っていた。
「キッキャアアア!!」
両手で夢幻を捕まえると握りしめたまま、地面に叩き付ける。
そしてそこからの連続パンチ。
丸太のように太い腕が振り下ろされる度に地面はヒビ割れ、クレーターが形成されていく。
「そうです猿王様。一尾しかない狐など畏れずに足らず。そんな偽物、殺してしまいなさい!」
一切手を緩めない玃猿の猛攻。
(さぁ狐もどきの次はお前達の番だ現界人、巫女姫様。)
高笑いと玃猿の雄叫びが森中に響き渡った。
「ねえねえ、出口はどこなの?」
「多分巫女姫さんが知っているはず・・・・・・。」
「ごめんなさい。私、よくわからないです。」
「じゃあどこに向かって走ればいいのよ!」
向かう方向が分からず、手当たり次第駆ける空也達。
「でもあの祭壇は森の中心部のはずなので適当に走ればその内、外には――――。」
「「そういう問題じゃない!!」」
「はぅ~、ごめんなさい。」
(なんか、昔に戻ったみたいだな。)
不謹慎ながらそう感じてしまい自然と笑みが。
「笑っている場合ではないでしょ、空也。も~~~、どこに向かえばいいのよ!」
美奈子の叫びに天の救いが。
『美奈子!!空の字!!こっちじゃ!!』
「「陽弥瑚様!!」」
『ようやく見つけたぞ。全く九尾め。妾達は道を知らんというのに先走りよって…。』
美奈子達の前に現れたのは蓮の目玉。
衛星のようにその場をぐるぐる回り存在感をアピール。
『二人共よくぞ頑張った。こっちじゃ。蓮の眼の後に続くのじゃ。』
目玉を先導に再び走り出す。
「空也、大丈夫?」
「何とか・・・。」
背中の傷は美奈子が持っていた癒しの御札で応急処置。
しかし、魔眼でかなりの負荷をかけた影響で視力がかなり低下。
美奈子と巫女姫に手を引いてもらっている状況である。
『後もう少しじゃ。頑張るのじゃ三人とも。』
「もう少しよ空也。森を出れば陽弥瑚様が―――――。」
「ヒィ~~~ン!!」
「な、何?」
「キ、麒麟様!!」
前方から飛び出てきたのは立派な角と鬣を生やした麒麟。
姿形は馬に極似しているが一回り大きく、金と銀色の滑らかな毛並みから白い電流と火花が。
「こんな時に!」
「だ、駄目です美奈子様。」
『止すのじゃ美奈子。今のお前さんでは勝てん。』
「じゃあどうするのよ!」
じわり、じわりと近づく麒麟。
「麒麟様、お願いです。ここを通させてください。私達は急いでいるのです。」
巫女姫が懇願するが、麒麟は聞く耳元たず。足を止めない。
後退る三人。
「戦うしかないわね。」
美奈子が薙刀の柄を強く握りしめた時、
「クエ!!!」
「えるくん!?きゃああ!」
空也達の後方から飛んできた雷鳥は高音速からの体当たりを敢行。
まともに受けた麒麟は転倒。上手く立ち上がれずにジタバタ。
一方の雷鳥も地面に墜落。
カムイから受けたダメージはかなり大きく瀕死状態での決死の特攻だった。
『今の内じゃ!』
起き上がれない麒麟の横を走り抜ける。
「ごめんねえるくん。私達の為に・・・・・・。」
抱きかかえられた雷鳥はか弱く鳴く。
『大丈夫じゃ。妾の元に来れば治療が出来る。だから今はこの森を出る事を優先――――なんじゃ?』
響き渡る不気味な声。
森中が不気味なそして騒めく不穏な雰囲気が漂い始める。
『こ、これは呪言!?大変です陽弥瑚様。』
蓮の目玉から第三者の声が聞こえた。
『さ、三人とも!急ぐのじゃ。』
陽弥瑚の切羽詰まった声に只事ではないと察した空也達。
急ぐ足を速める。
「ぐおおおおお。」
「ガアアアア!」
荒ぶる神獣の声が次々。
その声はとても近く、姿が見えない事に焦る三人。
「近くにいる。しかも大勢。」
「わかっているわよそれぐらい。とにかく早く――――もう!」
前方から姿を見せた熊に似た神獣が出現。
すぐさま方向転換、違う道を走る。
だが、
「だめだ。完全に囲まれた。」
次々と現れた神獣達に囲まれ足が止まる。
「皆さん落ち着いて下さい。何故そんなに気性を荒げているのですか?」
巫女姫が話しかけて鎮静を試みるが、神獣達には一切届かない。
視界のピントを合わせようと目を細めながら時空剣を手にする空也。
三人の背中がそれぞれぶつかる。
「美奈子、巫女姫さん。俺が囮になる。だからその隙――――。」
「「そんなの認めない!(ません!)」」
即座に否定。
「ここまで来たら一蓮托生よ空也。」
「一人だけ犠牲になるなんて、そんなの嫌です。」
「二人共・・・。わかった。皆で生き残ろう。」
「うん。」「はい。」
(とはいえどうする。俺の眼はもう限界。美奈子も手負い。巫女姫さんは戦えない。)
じわりじわりと迫る神獣達は皆、鼻息が荒く眼が真っ赤。
興奮状態だという事が眼に見えてわかる。
(来る。こうなったらイチかバチか、時空葬覇斬で!)
『静まりなさい神獣達よ!』
蓮の目玉から聞こえる凛とした少女の声に神獣達の動きが一斉に止まる。
『あなた達は誉れある気高い神獣。このような邪な呪言に平伏すとはどういう事ですか!』
迫力ある叱責に神獣達の気性は徐々に収まり、落ち着きを取り戻す。
『今じゃ、ゆっくりと静かにこの場から離れるのじゃ。』
小声での陽弥瑚の指示に三人は無言で頷き合い、抜き足差し足。
少女の説教の邪魔をしないよう注意し、そしてある程度離れた事を確認して再び走り出す。
危機を脱した三人は無事に森の外へと逃げ出すことが出来た。
「美奈子!」
「陽弥瑚様。私への抱擁は後です。早く空也の治療を。」
「そ、そうじゃったな。空の字よ怪我を見せるのじゃ。」
すぐさま診断と治療を始める陽弥瑚。
「背中の傷はすぐに治るじゃろ。だが、眼の方は酷いな。失明の恐れがあるな。」
「そ、そんなに酷いのですか!」
「そう悲観するではない美奈子。妾に任せるのじゃ。」
「えるくんは私が治療いたします。こちらに。」
「は、はい!」
ファナが雷鳥の治療を始める。
「あの、あなたが神獣達を鎮めて下さったのですね。ありがとうございます。」
礼儀よく深々と頭を下げた行動に恐縮するファナ。
「お、お礼を言われる事ではないわ。これは私がすべき事なのだから・・・。」
「すべきこと?それよりも何故ファナさんがここに?」
「それはね美奈子君。彼女―――ファナこそが本物の巫女姫様なのさ。」
「な、何ですって!!」
驚きの声と同時に神獣の森内から地響きと眩い光が。
何事か、と視線を向けた全員はおもわず絶句。
「何、あれ?」
美奈子がそう漏らすのも無理もない。
皆が眼にした光景―――九本の尾を持った巨大な狐の姿だった。




