26話 土岐遠空也の覚悟
「み、美奈子・・・・何で?」
「え?え?え?」
刺した美奈子もなぜ自分がそんな事をしたのか分からず困惑。
「はっはっはっはっは。」
「カ、ムイ・・・。お前、美奈子に、何をした!」
気絶のふりをしていたカムイ。
不敵な笑みを浮かべ立ち上がるに対して、膝から崩れ落ちる空也。
軽く刺された程度だが、身体全身に痺れが。
小太刀の刃には痺れ薬が塗られていたのだ。
「油断したな現界人よ。こうなる事を予期してな、その娘には捕えた時に服従の術をかけさせてもらった。彼女は俺の意のままの操り人形よ。おい!」
「きゃあ。」
「やめろ!」
「や、やめて・・・。」
カムイは美奈子を操り、紅葉を乱暴に捕まえて祭殿へと運ぶ。
「さぁ、長らくお待たせしました猿王様。邪魔者が入りましたが予定通り儀式を行いましょう。」
「キキキ!!」
立ち上がる玃猿。
空也が傷つけた傷は驚異の回復力で塞がっていた。
「キキキャアアアア!」
長い舌で自分の唇を舐めまわす玃猿。
血走る眼には怯える巫女姫と身体の自由を奪われ困惑する美奈子の二人が映っていた。
「成程、猿王様はその娘も犯したいと・・・・。よろしいでしょう、思わぬ邪魔が入ったお詫びです。どうぞ二人を好きなようにお使いなさい。」
「嫌よ。助けて!」
「カムイ!この人は関係ありません。お辞めなさい!せめて私だけ―――。」
「この状況で他人の事を心配するとは。それでこそ巫女姫。貴女こそ巫女姫に相応しい。さぁ猿王様。思う存分お楽しなさい。但し、巫女姫を壊してはいけません。壊すのならその娘だけにして下さいね。」
「キッキッキ!!」
カムイの言葉に大喜びの玃猿。
十指をワキワキ動かし、二人へと近づく。
「やめろカムイ!」
喉が張り裂ける程の声量で何度も叫ぶ空也。
立ち上がろうとするが、全身の痺れと背中の痛みで這いずる事も、手を伸ばす事すらできない。
「無様だな現界人。この俺を邪魔した罰だ。そこで二人が犯される様を眼に焼き付けるがいい。」
「た、助けて。助けて空也!」
「ごめんなさい。私のせいで。ごめんなさい。」
眼を大きく開いて涙を流して助けを求める美奈子。
自分のせいだと呪い、謝り続ける失意の巫女姫。
その二人の姿は在りし日の――――関係が壊してしまった時の全く同じで、その当時の出来事が鮮明に思い返される。
(と、届かない・・・。俺は又、あの時のように何も出来ないのか・・・・・・、ただ眺める事しかできないのか。)
動けない。
動こうとしなかった、動かなかった。
そんな過去への罰がこれなのか?
荒ぶる気持ちを抑えることなく怯える二人に興奮し、壊れる程犯したく仕方がない玃猿。
これから行われる悍ましい行為を―――大切な二人が穢されていくのをただ見てるだけ。
助けられない。
(俺は何も出来ない。)
―――違うでしょ空也。―――
耳元に吹く一陣の風と共に囁く女性の声。
「そ、その声は・・・・。」
空耳、と疑った。
何故ならその声はこの世界では絶対に耳にすることはない、もう会うことが決して叶わない母性あるあの女性の声だったから。
―――届かないのではありません。
動けないのではありません。
助けられないのではありません。
届かせるのです。
動かすのです。
助けるのです。
這いずってでも、泥水を啜ってでも。
それがどんなに無様で滑稽だったとしても絶対に助ける。
そう決意したのでしょう。――――
優しく、そして厳しい愛の叱責が空也の心に光を照らす。力を与える。
「そうだ、助けるんだ・・・・・。何があっても絶対に・・・・・・絶対に!」
歯を食いしばり、痛みと痺れる身体に鞭を打ち、顔をあげる。
満足そうに絶笑するカムイ。
眼をぎらつかせ、興奮した鳴き声を出す玃猿が手を伸ばす先―――助けたい二人をただ真っすぐに見つめて。
「二人に・・・・・・手を出すなあああああ!!」
「キッキーー!」
「一体、何が起きた?!」
玃猿が二人に触れようとしたその刹那、強力な力が干渉、大きく吹き飛ばされる。
「何だあれは?」
驚くカムイが眼にしたのは美奈子と巫女姫を守るかのように現れた時空の歪み。
玃猿は何度も二人に触れようと試すがその度に何度も吹き飛ばされる。
「時空の歪みが二人を守っているだと!どういう事だ?・・・ま、まさか!?」
思い当たる節があり、空也の方を見る。
「二人には指一本触れさせない。」
「くそ、時渡りの魔眼か!まさかそんな使い方をするとは・・・。だがかなり無茶な使い方をしているようだな。」
カムイの指摘通り、蒼穹の瞳を輝かせる空也の眼からは血が流れていた。
「く、空也・・・。」
「土岐遠様、無茶をしてはいけません!」
「一体いつまで保てるのやら、ね!」
カムイが刺された箇所を踏みつける。
「ぐはっ。」
激痛が走るが、眼を閉じたりはしない。
「ほらほらほらほら、どこまで耐えれるのかなぁ。」
執拗に何度も同じ個所を踏み続ける。
だが、何があっても魔眼を閉じない、逸らさない。
その強い意地でカムイの執着を耐える。
「やめて!空也が死んじゃう。」
「やめなさいカムイ!」
時空の壁を叩き、懇願する二人からは大粒の涙が。
「さぁどこまで耐えれますかね。あなたが死ぬのが先か、それとも魔眼を解けるのが先か。どちらかにしても彼女達の運命は決まったもの。ただ先延ばしにされているにすぎない。」
「お前の、思い通りにはさせない。」
「何?」
「このまま二人を他の場所へ転送させる。お前が絶対に手の届かない場所へ。」
空也の言葉に豹変するカムイ。
今までの余裕が全て吹き飛ぶ。
「そんなことさせるか!」
懐から小太刀を取り出し大きく振るかざすカムイ。
死を覚悟した空也は最後の力を振り絞り、二人を別世界へ転送させる準備に入る。
「二人とも、元気でな。」
別れの言葉に時空の壁を叩く音が大きくなった。
「空也!!!」
「土岐遠様!!」
うっすらと口元を緩める空也。
(さぁ、魔眼よ二人を別世界へ――――。)
振り下ろされた小太刀。
空也が二人を別世界へ飛ばそうとした瞬間、轟く疾風がカムイを薙ぎ払い、空也の目の前に降り立つ。
「え??」
蒼穹の瞳が捉えたのは大きな尻尾だった。
太陽のように暖かく輝く黄金の尻尾。
その尻尾はふわりと大きく揺れ、空也の血の涙を拭い、そして頭を優しく一撫で。
「よく頑張ったな土岐遠。」
威風堂々と立つ夢幻の姿がそこにはあった。




