25話 成熟の儀
「や、やっと外に出られた・・・・・・。」
背丈の半分ほど洞穴から何とか這い出ることが出来た空也。
大きく背伸びして久方ぶりの新鮮な空気を肺全体へと行き渡らせる。
「辛かった~~~。よくこんな悪路を緊急の抜け道にしたな。」
壮大な呆れた感想を口にするのも無理もない。
抜け道はかなり入り組んでおり、足元もおぼつかず、さらには蝙蝠や蛇などが無数に居り、かなり進みにくかったのだ。
「さて、何とか抜け出せたけど、ここはどこだ??」
周囲を見渡すが、見覚えがある物は一切なし。
太陽も木々で塞がれている為、方位すらも確認できない。
「まいったな~~。これは完全に迷子だ。」
途方に暮れていると上空から「クエー、クエー。」と聞き覚えのある鳴き声が。
「この鳴き声は巫女姫さんの側にいた鳥?」
「クエ!!」
正解です、と空也を目指して滑空する雷鳥。
ぶつかる寸前で急ブレーキ。
驚く空也の前で翼を羽ばたかせて、空中で停止。
「な、何?」
「クエクエ!」
空也の目の前で足を伸ばす雷鳥。
「ん?何か掴んでいる?」
空也の手に落とした物、それは紅葉の装飾がついたヘアピン。
現界でしか手に入らないそれはその昔、空也が紅葉にプレゼントした物だった。
「これをどこに手に入れたんだ!教えてくれ!」
「クエ!」
雷鳥は空也の頭上で旋回一つ。そしてある方向へと飛び立つ。
空也が追尾することが可能なスピードで。
「こっちか!」
空也は躊躇する事なく雷鳥の後を追いかけ始めた。
「ん・・・んん。あれ、ここは?」
「お目覚めになりましたか巫女姫様。」
「カ、カムイ!こ、これはどういう事?」
意識を取り戻した巫女姫。
一度も踏み入れた事がない森の奥部にある祭部で死装束で寝かされているこの現状に驚く。
「巫女姫、これより成熟の儀を行わせて頂きます。」
「ちょっと待ってカムイ。成熟の儀はまだ早計だと、あなた自身が言っていたのでは。」
「状況が変わりました。」
反論は許さない、と強い口調で異議を退ける。
「カムイ、あなたは何故そんなに焦っているの?」
「貴女様をこの地に根付かせるために必要な事なのです。」
「根付かせる?ねえカムイ、成熟の儀とはどういう事を行うのですか?」
「そういえば説明してませんでしたね。」
わざとらしい口調。
それもそのはず、カムイは敢えてこれから行われることを話していなかったのだ。
彼の口元が歪む。
「お教えしましょう。巫女姫様、貴女は今から神獣とまぐわってもらいます。」
「ま、まぐわう!?」
「ええ、貴女様の体内に神獣の精子を注ぐ事でこの地の依り代となるのです。」
内容を聞かされ、驚愕する巫女姫。
「そして今回、貴女様とまぐわってもらう神獣はこのモノです。」
カムイが指さす先、そこには雄叫びを挙げ、喜々と飛び跳ねる大猿の姿―――そう、美奈子に襲ったあの玃猿である。
「猿王様・・・・・。」
その神獣とは何度か対面したことがある。
その時は少しエッチな猿と印象を受けていたが、今ほど悍ましさを感じた事はない。
身の危険を感じ、逃げ出したいが足が思うように動かない。
「逃げようと思っても無駄です巫女姫。薬を嗅がせ動けなくしていますから。」
「そ、そんな!」
動けない事をいいことに玃猿は涎を垂らしながら喜々と近付く。
「さぁ猿王様。待ちに待った儀です。思う存分お楽しみください。この森の安寧の為に!」
「待って猿王様。お願い落ち着いて!」
「無駄です。猿王様は貴女様を犯したく仕方がなかったのです!薬を嗅がせ、発情させていますからね。猿王様の脳内は女子を犯す事で一杯です。」
「い、イヤ・・・。だ、誰か・・・。」
救いの手を求める彼女の脳裏のはたった一度しか話したことがない、あの男の子の姿が。
まだ知り合ったばかりのはずなのに、ずっと前から知っている男の子の名が言葉に紡がれる。
「助けて!空也君!!!!!!」
「うおおおおおおおおお!」
「キッキ!!!!」
その声に応えるかの如く茂みから勢いよく飛び出し、玃猿に斬りかかる空也。
が、空振り。玃猿は不意を突かれるも驚異の身体能力でその場から元居た枝まで飛び逃げる。
「大丈夫ですか!巫女姫さん。」
「土岐遠様!!」
颯爽と現れた空也の後姿に見惚れる巫女姫。
(ああ、彼の姿を見るだけ安心する。鼓動が熱い。)
『土岐遠様』ではなく『空也君』と叫んだのか?
何故だか分からないが、これだけは分かる。
土岐遠空也なら私を助けてくれる。
絶対に。
信頼と安心を胸に抱いて、熱い眼差しを彼に向けるのであった。
(な、何故アイツがここに!アイツは魂石に閉じ込めたはず。それよりもどうしてここにいる事がわかった?)
「クエクエ!」
「ッ!くそ、あの馬鹿鳥の仕業か!」
空飛ぶ雷鳥の姿を見つけ、全てを察するカムイ。
奥歯に噛み締め、乱入者に対し厳しい非難をぶつける。
「そこの現界人よ!キサマ、神聖なる儀を邪魔する気か!」
「巫女姫さん、あの人は誰?」
涙ぐんで自分に寄り添う巫女姫に庇いつつ、小声で尋ねる。
「彼はこの森の神官、カムイです。」
「この森のしきたりを知らない現界人よ。今、巫女姫としての大切な儀式を行っている途中!とっとと立ち去れ!」
「なら一つ俺の質問に答えてくれよ、神官さん。」
「質問?」
「ああ、これの事さ。さっきそこの雷鳥から渡された物だ。」
空也がエル君から渡されたヘアピンを見せつける。
「(な!そ、それは!馬鹿な!ちゃんと始末したはずなのに!)し、知らん。そんなもの見た事がない。」
驚くも表情には出さず、知らぬ存ぜぬを貫き通そうとする。
が、
「それは私の髪に付着していた物です。カムイから危険だと言われて没収されましたけど。」
「ぐっ!」
二の次が付けなくなるカムイ。
「やっぱりそうか。この巫女姫さんは紅葉だったんだな。お前、よくも紅葉を!」
「く、くう~~~。猿王様!!!」
カムイの号令に玃猿が咆哮で答える。
「この男を殺しなさい。そしてその女子を徹底的に犯すのです!」
玃猿は枝のしなりを利用してジャンプ。
「危ない!」
「きゃ!」
巫女姫を抱き、玃猿の突進を躱す。
「キ!キキキッ!」
玃猿は周囲の木々を足場として利用。
あちこちに素早く飛び跳ねて攪乱、二人の逃げ道を塞ぐ。
「早すぎて追えない。」
次々と飛び続ける玃猿はすれ違いざまに攻撃を仕掛ける。
玃猿に意識をし過ぎていた空也はカムイの存在を完全に失念していた。
二人の背後から静かに襲い掛かる。
(貰った!)
「クエ!!!!」
「え、えるくん!」
それを救ったのは雷鳥。
上空からの高速滑空。
爪をたて、巫女姫を守る。
「くそ!邪魔をするな!」
掌から石の飛礫をまき散らすカムイ。
それを見事な旋回で躱す雷鳥。
そして木々の枝を盾にしてカムイの術を次々と防ぐ。
「クエ、クエ、クエ!」
「私の事とカムイの相手は任せて、とえるくんがそう言っています。」
「わかった!」
巫女姫の通訳を聞いて、再び玃猿と対峙。
(とはいえ、それでも厳しいな・・・。)
玃猿の動きに眼も身体も対応できずにいる空也。
スピードは徐々に増す玃猿に対して防戦一方。
一方の雷鳥はかなりの善戦。
「クエーーー!」
自身の羽を銃弾のように飛ばして攻撃を仕掛ける。
が決定打にはならず。
カムイの多種多様な攻撃を自慢の飛行能力と機動力で回避。
そして隠密行動で格上のカムイを相手取る。
「ちょこまかと!邪魔ばかりしよって!」
攻撃が当たらない事にいら立ちを見せるカムイ。
容赦なく次々と攻撃を仕掛ける。
(どうする、どうすればあの玃猿を倒せる。)
頭、足、脇腹と狙う玃猿の猛攻を右、左、後ろと向きを変えながら時空剣に防ぐ空也。
致命傷は受けていないが、頬や服に切り傷がどんどん増えていく。
「右、左、後ろ、右、左、後ろ、右、左、後ろ・・・・・・・・あれ??」
ふと気付く。玃猿の攻撃には法則性がある事に。
玃猿は本来、知能が高い神獣。
道具を使ったり、ずる賢い行動をするが、カムイが薬を嗅がせて発情本能を増幅させた影響で女を犯す事ばかり考えている為に単純な行動しかとれなくなっていたのだ。
「(となると、次は・・・・。)そこ!」
左から足を狙いに来る玃猿の行動を先回り。
「キキ!?」
行動を読まれた事に驚く玃猿の隙を逃さず、袈裟斬り。
「ギャアア!」
大ダメージを与えることが出来た。
「猿王様!くそ、薬を嗅がせた事が仇となったか。」
胸板を深く斬り裂かれ、痛み喚く玃猿を追撃する空也を見るや、カムイは懐からある物を取り出す。
「そこまでだ現界人!それ以上動くとこの娘がどうなってもいいのか!」
「あれは宝玉?」
天に高々と見せびらかせるそれは宝玉に似た球体の赤い石。
「ふっ、これは魂石。本来は死者の魂を封印する特別な石だ。なぁ現界人よ、この石の中には誰がいると思う?」
魂石の中には鎖に縛り吊るされている美奈子の姿が。
気を失っているのか、頭が垂れ微動だにしない。
「美奈子!!」
「いいですか、この石を砕けば中にいる娘は粉々になって死にます。」
「カムイ!あなたは何てことを!今すぐその人を開放しなさい!」
「それは無理な相談です巫女姫様。そこの現界人よ!お前がこの娘と親しい事は調べついている。この娘を助けたければ、その剣を捨て、大人しく負けろ。」
「くっ!」
歯ぎしりする空也。
(一瞬、一瞬でもいい。カムイの気を逸らしてくれれば・・・・・。)
「(えるくん・・・・・・。)」
巫女姫は誰にも気づかれないように視線を送る。
「(クエ。)」
雷鳥は梟特有の無音飛行でカムイの背後から魂石の奪略を試みる。
カムイは気付いていない様子。
雷鳥は慎重に狙いを定め、足を伸ばし魂石に触れた瞬間、
「クウェェエエエエ!!!!!」
突然電撃が全身に走り、地面に墜落。
「えるくん!」
「ざまあみろ馬鹿鳥が!キサマが背後から奪ってくるのはお見通しだ。」
全身から煙を昇り、痙攣する雷鳥を踏みつける。
「散々この俺を邪魔しやがって。たかが鳥の分残で!」
「止めて!えるくんが死んじゃう!」
「さぁ、貴女様の当てもなくなりましたよ巫女姫様。この鳥を死なせたくなければ大人しく―――。」
言葉が途中で止まる。
カムイは空也から異様な力を感じ取ったのだ。
時空剣を天に掲げ、魔眼―――時渡りの力を解放。
「(狙うは魂石、ただ一つ!)くらえ、時空葬覇斬!」
青白く輝き伸びる時空剣の刃が振り下ろされた先はカムイが持つ魂石。
「馬鹿め。この石を斬れば中にいる娘も一緒に―――――、な!」
カムイは自分の目を疑う。
青白い光の刃は石の中に閉じ込められた美奈子をすり抜け、それ以外全てを斬り裂いたのだ。
魂石が砕け散る衝撃波で吹き飛ばされるカムイ。
「美奈子!」
宙に放り投げられた美奈子を地面すれすれでキャッチ。
怪我一つない美奈子にほっと一安心。
「・・・・・・・くう、や。」
「美奈子・・・・、無事でよかった。」
意識を取り戻した美奈子。
ぼんやりした視線は状況を思い出した事で鮮明となる。
「ここは?それにあれは巫女姫?どうなっているの?」
「説明は後だ。とにかく早くここを出よう。彼女を連れて。」
「わ、わかったわ。」
美奈子を立ち上がらせて自分も立ち上がる。
(気絶しているカムイを木に縛って、後は二人をここから――――。)
「土岐遠様!危ない!」
「え?」
背中に激痛。
地面に落ちる血。
「み、美奈子?」
振り返ると美奈子が小太刀に握りしめ空也の背中を突き刺していた。




