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23話 カムイ

「ただいま戻りました巫女姫様。」

「おかえりなさいカムイ。お疲れ様です。」

 障子を勢いよく開けるカムイに三つ指の体勢で出迎える巫女姫。

 視線を畳に向ける彼女は内心ほっと胸を撫で下ろす。

 空也を帰した後、彼の服が残っていることに気付いて慌てて奥の部屋に隠し終えたばかりだったからだ。

「いえいえ、巫女姫様こそ今日の御勤め、ご苦労様でした。」

「外の様子は大丈夫ですか?」

「ええ変わりはありません。現界人が多く来られていますが、何も問題ありません。」

「そうですか。誰も怪我無く、そして問題なく終わればいいのですが・・・。」

「巫女姫様の御優しいお言葉は皆に届いていることでしょう。」

 大袈裟な言い回しをするカムイの口調には心なしか冷たさが込められていた。

「本来ならば始まる前に皆さんにご挨拶をする立場だったのですが――――。」

「いえ、それには及びません。巫女姫様はこの森における重要な御方。おいそれと簡単に姿をお見せするわけにはいけません。」

「そうなのですか、でも祝辞の際は――――。」

「あの時はお披露目、という意図があっただけです。本来はおいそれと公の場など出てはいけません。わかりましたか巫女姫様。」

「はい・・・・・・。」

 カムイの言葉に素直に従う。

 所々過保護な面をみせるカムイ。

 事あるごとに「体調は如何ですか?」、「気分はどうですか?」、「何か不調は感じませんか?」と尋ねるカムイに巫女姫は有難さを感じる反面、戸惑いと不穏を抱いていた。

(必要以上に私の事を気にかけているのありがたいのだけど。)

 そんな風に考えるようになったのは正に祝辞を述べた後、空也が紅葉の名を叫んだ時から。

 あの時から自分の身体と感情が嚙み合わなくなっていた。

 何かを思い出せそうで出せない。

 触れたいのに触れられない。

 何かに阻まれている―――いや、何かを拒んでいるような感覚。

 そんなもどかしい想いを抱えながら日々が続いていた。

 だからこそ、偶然にも空也が目の前に現れた時、自然と彼に救いの手を差し伸ばした。

 彼と話せば、このもどかしい『何か』の正体がわかるような気がして・・・・・。

(でも結局何もわからなかった。もどかしさが増しただけ。)

 無意識にため息が零れ、口が滑る。

「私は一体―――何者なのかしら?」

「今、なんと仰いましたか?」

「え?か、カムイ?」

 カムイは巫女姫の何気ない呟きを聞き逃さなかった。

 今まで見せた事がない、怒りを曝け出した迫力のある真顔に巫女姫はたじろぐ。

「い、いえ、な、何も・・・。」

「本当にですか?」

「その、私は記憶を失っていて、何も思い出せなくて。カムイの言葉だけを信じて。でも、それが本当に正しいのかどうか―――。」

「私の言葉を疑っているのですか?」

 目の前まで迫り、有無を言わせぬ圧に言葉が詰まる巫女姫。

「カムイ、何故そんなに怒っているのですか?」

「巫女姫様、正直にお答えください。何か思い出したのですか?」

「いえ、何も・・・・・・。」

 正直に答える。

 心に違和感を覚えているだけで何一つ思い出せていない。

「そうですか・・・・・・。」

 巫女姫の返答に満足したのだろう。

 肩の力を抜くカムイにほっ、と安堵を零した巫女姫。

しかし、

「とは言え、記憶が戻るのも時間の問題。ここが潮時か・・・。」

「え?カムイ、それはどういう――――。」

 巫女姫は最後まで言葉を口にすることは出来なかった。

 何故ならカムイが巫女姫に催眠術を施し、強制的に眠らせたのである。

「グエー!クエ!!」

「五月蠅い、馬鹿鳥が!」

 巫女姫の異変に騒ぐ雷鳥の首を絞め、地面に叩き付ける。

「全く。余計な事を思い出そうとして・・・・・・。仕方ない。時期は早いが、成熟の儀を執り行うか。何、年齢の割には見事に熟している。さぞお気に召すだろう。」

 眠る巫女姫は丁重に抱きかかえ、森の深部へと足を向けるのであった。

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