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22話 巫女姫

「どうぞ、お茶です。土岐遠様。」

「ありがとうございます。何から何まで・・・・。」

 お礼を述べる空也が今着ている神職用装束は巫女姫が用意した物。

 ずぶ濡れになった空也を匿うように住処へ案内し、手厚く介抱してくれたのである。

 温かいお茶が冷えた身体をほぐす。

「・・・・・・。」

 湯呑を口にしつつ机を挟み、対面して座る巫女姫を改めて観察。

(容姿に仕草、見れば見るほど紅葉に似ている。)

「あの・・・私の顔に何か?」

「あ、すいません。」

「いえいえ。」

 首を少し傾け、微笑む巫女姫の仕草は思い出の紅葉と重なる。

「紅葉・・・?」

 おもわず紅葉の名前を呼んでしまった。

「また、その名前を口にしましたね。」

「え?」

「私が初めて外へ出た時―――大広場での祝辞を述べた時、私に向かって叫んでいたのはあなたですよね?」

「気付いていたのですか?」

「ええ。」

 深く頷く。

 その時は表情には出さなかったが、ずっとその時の事が頭の片隅に残っていた。

 だからこそ、空也を助け密かにこの場へ連れてきたのである。

「機会があればずっとお聞きしたいと思っていたのです。何故あなたは私を『紅葉』と呼ぶのですか?」

「瓜二つなのです。巫女姫と俺が探している紅葉が。」

「探している?」

「はい、この戦遊戯で神隠しに遭って、未だに行方不明です。俺は見つけないといけない。もう一度会わないといけないです。俺達が前に進む為には。」

「随分ご熱心ですね。」

「え?」

「土岐遠様からの言葉から熱い想いがひしひしと伝わってきました。さぞ、『紅葉』という人は土岐遠様にとって大切な御方なのですね。」

チクリ。

 心に痛みが走る。

「大切、()()()()()()。」

「え?」

 巫女姫の微笑ましい表情が曇る。

「俺の大切な人でした。でも俺は紅葉の事を一切見ていなかった。彼女の心を傷つけた。俺は彼女の笑顔を、優しさを奪った最低な男です。」

「土岐遠様?」

 空也は赤裸々に話した。

 出会いから付き合い始めた日の事。

 美奈子の事を優先して紅葉を蔑ろにした事。

 二人の大喧嘩を止めようとして肩を負傷し、その事で紅葉と別れた事。全てを巫女姫に打ち明けた。

「そんな事が・・・・。土岐遠様、一つお尋ねしてよろしいですか?」

「何ですか?」

「紅葉と再会してどうされるおつもりですか?」

「紅葉に謝りたい。許してもらえるか分からないですけど。もし許されるのであれば―――。」

「よりを戻したい、と。」

「いいえ。俺にはそんな資格はありません。紅葉の側にいる資格なんて・・・。」

「では何を?」

「俺が願う事はただ一つ。美奈子と仲直りしてほしい。俺のせいで壊された関係を戻してほしい。」

 息を吞む巫女姫。

 この願いが叶うのならば自分がどうなっても構わない。

 そんな決意が言葉から、姿勢から十二分に伝わる。

 そして同時に『美奈子』『紅葉』という女性は彼にとって大事な存在だという事も。

(誠実でお優しい御方なのですね。だけど危うさがあって、簡単に砕けそうな・・・・・・。)

 空也の心に触れたような気がして――――。

「み、巫女姫さん。」

 空也に呼ばれて我に返る。

 気が付けば瞳から涙が零れていた。

 理由は分からない。

 ただ、自分の心が意志に反して涙を流れ落ちる。

「ご、ごめんなさい。いきなり泣き出してしまって―――。」

 慌てて拭うが涙は止まらない。

 恥ずかしさと申し訳なさから「失礼。」と早口。

 席を外そうとした時、空也が行動を見せる。

(あっ!)

 突然の抱擁。

 巫女姫の涙を見て、何かをしなければと思うと同時に身体が動いたのだった。

 だからこそ、「ごめんなさい。」と慌てて離れようとする。

 だが、

「―――ないで。」

「え?」

「離れないで。もう少しこのままで・・・・・・。お願いします。」

 巫女姫の願いにそっと優しく頭を撫でる。

「ありがとう、ございます。」

 その言葉に導かれ何度も優しく撫でる。

 彼女の涙が止まるまで。

 何度も、何度も。


「あの・・・・・・、ありがとうございました。」

 涙が収まった事で落ち着きを取り戻した巫女姫。

 恥ずかしさと気まずさから頬を赤らめているその仕草は紅葉と重なって見える。

(やはり似ている。でも俺のことを全く知らない素振りを見せている。)

 巫女姫の言動の意図が分からなくて戸惑う。

「ごめんなさい。いきなり泣き始めてしまって。初めて出会った人にこんなみっともない姿をお見せしてしまうなんて。」

「いえ・・・(初めて?じゃあ巫女姫さんは紅葉じゃない。)」

 しかし彼女の言葉を素直に飲み込めない自分自身がいる。

「私、カムイ以外の人とお話しするのが初めてで。少し情緒不安定になっていたかもしれません。」

「初めて?」

「はい。私は生まれてからこの森を出た事が無くて。あの祝辞を述べに出たのが初めてだと聞いています。」

「ん?聞いています?」

 僅かな言葉尻を見逃さなかった空也。

 その指摘にしまった!の顔を見せた巫女姫は気まずそうに答える。

「実は私、記憶を少し無くしていて。数ヶ月前に頭を打った影響で以前の事を全く覚えていなくて・・・・・・。」

「記憶を失っている・・・?」

「でもでも、大した事ではないのですよ。カムイも狛犬達も、ここにいるえるくんも、皆よくしてくれていますから。」

 空也の耳には巫女姫の弁明など届いていなかった。

(巫女姫は紅葉なのでは?でもそれならどうして紅葉を巫女姫に?本物の巫女姫は?)

 巡る思考。だがそれは室内の止まり木で羽休みしていた雷鳥が突然騒ぎ出した事で強制終了となる。

「っ!大変だわ!カムイが戻ってきたわ。」

「え?え??」

「実はこの部屋はカムイ以外の男性は入室禁止なのです。」

「え~~~!!!」

「と、とにかくこちらへ。」

 巫女姫は奥に掛けられている掛け軸をずらし、呪文を素早く唱える。

 すると壁が歪み、隠し通路が出現。

「これを通れば誰も気付かれずに外へと出られます。さぁ早く。」

 戸惑う空也。

 後ろ髪を引かれる思いだが、巫女姫に背中を押され、隠し通路へと足を進める。

「土岐遠様とお話しできて良かったです。できればまた、今度はごゆっくりと。」

「・・・・わかりました。巫女姫さん、また。」

「はい!それではまた!」

 巫女姫の笑顔に見送られ、空也は隠し通路を進み行くのであった。


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