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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 奇術の殺人

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消えた名画の謎5



 オーバンはさも感心したふうで、室内の彫像や絵画を見ていた。が、この男の審美眼がはなはだ怪しいことを、ワレスは知っていた。以前、とある事件で助けてやったからだ。


「オーバンじゃないか。こんなところで何をしてるんだ? あんたは貴族じゃなかいだろう?」

「おおっ! あなたは私の命の恩人ではないですか。おかげさまで助かりました。おや、私を捕まえたお人も……」


 オーバンを犯人あつかいして捕まえたのは、レヴィアタンだ。レヴィアタンは誤認逮捕したくせに堂々としている。


「ふん。だから、うちの家宝が見たいというおまえを、親族でもないのに特別に招いてやったではないか。まさか、おまえが怪盗ルーベンス——」


「それは違うと思うぞ」と、ワレスは口をはさむ。

 こんな腐った鑑定眼しか持たない男が怪盗なわけがない。


「たしかに貴族のお屋敷には素晴らしい美術品がたくさんありますな。それにしても、さきほど、ゴブリックを見かけましたが」

「ゴブリック?」

「私の同業者ですよ。が、評判がよろしくないので、取引きはお勧めいたしませんな」

「同業者だから足をひっぱってるのか?」


 オーバンはあわてて両手をふった。

「めっそうもない! わたくしはまっとうな商売人です。誰に聞いても正直で適正な取引きをしておりますよ」


 適正かどうかは疑問だが、たしかに、オーバンはだますつもりで贋物を売っているわけではない。自分では本物だと信じている商品をそれなりの値段で売っている。ただし、結果的にそのほとんどが偽物なだけ。


 だが、オーバンが言うには、ゴブリックは美術商という名の詐欺師らしい。最初はなからだますつもりで贋作を売っているのだ。その一方で、裏では盗品もあつかっているのではないかと、同業者のあいだではウワサされているのだとか。


 レヴィアタンが意気込む。

「怪盗ルーベンスだ!」


 ワレスはこの意見には同意できなかった。


「その男と話してみたいな」

「彼はおじいさまが最近に知りあった商人なんだ。いい絵を何枚も安く買わせてくれたらしい。だから、秘蔵の家宝をぜひ見たいというので招いたのだ。もっとも、ゴブリックの順番は最後のほうだった。ヤツが見る前に絵はなくなってしまったんだが。さっき調べたときにも、何も持っていなかったしな」

「客室はどこだ?」

「ついてこい」


 探したが、すでに姿は見えなかった。


「逃げたのか。やっぱり、ヤツがルーベンスだ!」


 レヴィアタンは勢いよく外へ走りだしていった。治安部隊の部下を使い、ゴブリックを捕まえるつもりらしい。悪徳美術商の屋敷へ急行したのだ。


 が、ワレスはオーボエー侯爵邸に残った。


「君は行かないのかい?」というジェイムズに、

「下着のなかまで調べたのに、絵を持っていなかったんだ。それに、招待客が全員で見守るなかから持ちだせない」

「まるで奇術だね」

「奇術にはタネがある。絵画が消えたように見えるとしたら、そこにタネがあるんだ」


 話していると、背後から声がした。


「あのぉ」


 ふりかえると、オーバンだ。あとをついてきていたらしい。


「あんたにはもう用はないんだが」

「いえね。命の恩人のあなたさまですから、お役に立てないかと存じまして」

「気持ちだけでいい。じゃあな」


 ワレスが追いはらおうとすると、オーバンはくいさがった。

「いえいえ、さきほどから聞いておりますに、あなたさまは勘違いしておいでのようですな」

「勘違い?」


 オーバンはもみ手をしながら、うなずく。

「草刈りの少女についてです」

「侯爵家の名画らしいじゃないか? ふだんは鍵つきの蔵のなかで保管され、今日だけ特別に踊り場に飾られていた」

「あの絵は細密画でございますよ?」

「細密画?」


 ワレスはジェイムズと顔を見あわせた。自分の勘違いに、やっと気づいたのだ。


「ワレス。細密画なら、大きくても両手サイズだ。絵を見るときに、誰でもこっそり、ふところに忍ばせられる」

「ああ」


 それなら、話はぜんぜん違ってくる。細密画は基本的に小さい。きわめて細緻さいちに描かれた肖像画だ。家族が自室に飾っておくためのもの。


「困ったね。ワレス。これじゃ、ふりだしだよ。招待客の全員に盗むチャンスがあったんじゃないかな?」


 ジェイムズは両手を組んで頭を悩ませている。が、逆にワレスには犯人がわかった。


「いや、もう答えは出ている。それができるのは、あの人しかいない」

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