消えた名画の謎4
オーボエー侯爵は厳格な顔つきで宣言する。
「怪盗ルーベンスに盗まれたのなら、もはや『草刈りの少女』は戻ってこないだろう。陛下に申しわけが立たぬ。私が責任をとるほかあるまい」
この老人はなんだって、こんなに死に急ぐのか……。
ワレスはウンザリする。
たとえ家宝の名画とはいえ、ほかにも富はたくさんある。また、治安部隊の隊長なのだから、命にかえても怪盗を見つけだしますと言ったほうが、皇帝陛下のお覚えもよかろう。
「まあ、とりあえず、招待客の持ちもの検査でもされてはいかがです? 馬車のなかなど、絵画を隠しておけそうな場所を。客は皆、あなたの親族なのだから、一族の長であるあなたの命令なら従わせられるはず」
侯爵はしぶしぶであったものの、ワレスの提言で大々的に持ちもの検査が始まった。何かの奇跡的瞬間に、誰の目にもふれず絵画を持ち去れたとしても、隠しておける場所は少ない。調べれば、すぐに犯人はわかるはずだ。
ワレスはそう思っていた。だが、奇妙なことに、全員の調べがすんだとレヴィアタンが報告に来たときにも、名画はどこからも出てこなかった。
「おかしいな。ほんとにちゃんと調べたのか?」
「もちろんだとも。男も女も下着一枚にならせて調べた。ご婦人がたは私の母に見てもらったが」
ワレスはいっしょに見てはいない。一族だけのほうが客も素直になるだろうと、レヴィアタンに一任したのだ。しかし、絵画の有無を確認するのに、下着にさせる必要はなかったんじゃなかろうかとあやぶむ。
「そこまで厳密にしているのに、どこからも出てこない。絵画はすでに、この屋敷にはないのか?」
「だから、やはり、ルーベンスの仕業だ。ああ、そうだとも。ルーベンスは生きていたのだ」
「だとしても、商人の屋敷を狙って盗んだ怪盗だろう? なぜ、今回にかぎって貴族の屋敷の絵画なんか盗んだんだ? 宝石や銀食器のほうが換金しやすい」
レヴィアタンは自信たっぷりに断言する。
「わが家が治安部隊の隊長職を歴任しているからだな。ルーベンスが都をさわがせていたあいだは、かなり追いまわしたから、恨んでいるのだろう」
「だとしても、なぜ、よりによって、帝立美術館に買いあげされた名画があると知っていたんだろう? 悪いが、芝刈りの少女なんて絵画、おれは知らなかった。世間に知れ渡るほど有名ではないはずだ」
「草刈りの少女だ」
わざわざ、レヴィアタンはワレスの間違いを指摘する。ワレスにしてみれば、どっちでもいいのだが。
「草だろうと、芝だろうとかまわない。重要なのは、誰かがルーベンスの名をかたっているかもしれないということだ」
「えっ?」
レヴィアタンは本気でおどろいている。食後のデザートのケーキを、さあ食べようとしたやさき、鼻先で皿ごとすりとられたかのごとく。それも、宮中晩餐会の席で。
「だって、ルーベンスの仕業だろう?」
ワレスは答えなかった。
処刑された怪盗がじつは生きているなんて、そんなのはお芝居の話だ。現実にはありえない。
第一、もしもほんとに怪盗が生きていたとしても、それなら、わざわざ、ネーム入りカードなんて置いておく必要はないのだ。何しろ、死んだと思わせておけば、もう一生、追われることなく暮らしていける。自分の存在を明かすメリットが何もない。
だから、怪盗の生死にかかわらず、今回の盗難事件は必ず、この客のなかに犯人がいる。それが誰なのかつきとめるには、まだ情報が欠けている。
「招待客たちはどうしておけば?」
「一晩くらい泊めておけよ。どうせ、夜会もする予定だったんだろ?」
「まあ、晩餐会をかねていたから、そこは問題ないが」
レヴィアタンの手際は悪くない。部下にしておくなら便利に使える男だ。
「ちょっと邸内を調べていいか?」
「私が同行してなら、かまわない」
「あんた、まさか、おれが怪盗だと疑ってるんじゃないだろうな?」
「そうではないが」
怪盗ルーベンスではないかもしれないが、そのへんの銀細工の一つや二つはふところにくすねそうだと思っているに違いない。
ワレスはレヴィアタンにまといつかれながら、屋敷のなかを歩く。小間使いや侍女や招待客の貴婦人を見かけるたびに話を聞く。が、これと言った情報が得られない。
怪しい人物を見た者はいないし、一族はみんな、家宝が帝立美術館に収蔵されることを喜んでいた。ますますの繁栄を一門にもたらすと期待しているのだ。
「どうした? 今回は天才もお手あげか? さんざん、私にいばったくせに」
屈辱を味わわされたレヴィアタンがイヤミを言ってくる。
そんなときだ。ワレスは客間をウロつく男を見た。それが、知っている人物だったのだ。美術商のオーバンである。




