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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 奇術の殺人

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消えた名画の謎2



 レヴィアタンを見ると、自然にシニカルな笑みがわきあがってくるのだから不思議だ。


「おやおや。もう二度と来ないんじゃなかったか?」


 答えたのは、ジェイムズだ。

「まあまあ。そう言わず、僕からも頼むよ。屋敷を出ようとしたら、悲壮な顔で立ちつくしてるからさ。前庭のニレの木で首でもくくるのかと思った。あんまり心配だったから、つれてきたよ」

「……」


 ワレスは無邪気に笑うジェイムズをにらむ。が、ジェイムズはまるで意に介していない。このていどでは、ワレスが自分に対して怒らない自信があるらしい。


(弱みをにぎられてるな)


 しかたないので、ワレスはゴールデンベリーをまた一つ口中にほうりこんだ。


「……で、なんだ? 困ってるから来たんだろう?」


 レヴィアタンはまだワレスを不信の目で見てはいたが、とにもかくにも語りだす。困りはてているのはほんとのようだ。


「じつは、わが上官にあたるラ・オーボエー侯爵の屋敷にて、盗難事件が発生したのだ。どうしても盗まれたものを本日中にとりもどさなければならない。でなければ、オーボエー侯爵は投獄、ないし、叙爵の憂きめにあうかもしれない」

「それで、なんで、おまえがそんなに青い顔になっているんだ? 上官とはいえ、他人だろう? むしろ、上官がいなくなれば、おまえに昇格のチャンスが来るかもしれない」


 ろうのような顔色のまま、レヴィアタンは唇をかみしめる。


「オーボエー侯爵は私の祖父だ。一族の危機なのだ」

「なるほど」


 しかし、妙な話だ。侯爵が盗難事件の犯人だというなら、世間体がある。一族から盗賊が出たなんて恥だ。が、盗まれた側がこれほど、うろたえるとは?


「何が盗まれた?」

「絵だ。いや、もっと正確に言えば、名画。一千年前より、わが家に伝わる家宝だ。名を『草刈りの少女』という」

「……ほんとに名画なのか? 草刈りの少女が?」


 どんな絵なのか想像がつかない。というか、ありきたりすぎて、芸術になりそうな気がしない。たしかに最近の流行りには風俗画も多いが、一千年前の絵画なら、ふつうは神話にもとづいたドラマチックな画題だ。


「名画のなかの名画だとも! 当時の最高峰の技術で描かれた、えもいわれぬ美しい絵で、誰しもそれを見れば、ひとめで虜になる。なにしろ、皇帝陛下のお目にとまり、帝立美術館に買いあげが決まっていたのだ」

「ああ……」


 たしかに、それはマズイ。へたすると、オーボエー侯爵は打首だ。


「その話はもう決定なのか?」

「決定だ」

「買いあげ金を受けとってはいまいな?」

「受けとっている」


 ワレスはレヴィアタンの切羽つまったおもてをじっとながめる。


「そうか、そうか。侯爵には打首になってもらおう。せめて一族にはおとがめがないといいな」


 言いつつ、しっしっとノラ犬を追いはらう仕草をする。それほど大事な絵画を盗まれるほうがマヌケなのだ。そもそも、ワレスが出むいたからと言って、今日じゅうに事件を解決できる保証もない。


「まあまあまあまあ、ワレス。とりあえず、話は聞いてみよう」


 またもや、ジェイムズがあいだに入る。ベッドに腰かけつつ、ワレスの肩を抱いてきた。

 なれなれしいなぁ。コイツはおれ以外の相手にも、こうなんだろうかと、ワレスは考えた。そう思うとなんだかムッとする。


 レヴィアタンはワレスの不遜ふそんを感じるゆとりもないのか、ふつうに話しだした。


「草刈りの少女はわが家の家宝だ。いつもは厳重に鍵のかかった蔵にしまわれている。だが、まもなく、美術館の所蔵となってしまうので、最後に一族郎党を集め、盛大にお別れ会をもよおしたのだ」


 絵とのお別れ会とは貴族らしいバカげた宴だ。絵に万一のことがあれば、どうするのか。


「で、じっさいにその宴で、絵に何事か起こったわけだな?」

「絵はずっと、もっとも目につく踊り場の壁に飾られていた。誰でも見られるように、行き来は自由になっていた」

「じゃあ、客の誰かが盗んだんだ。侯爵は一門の長じゃないのか? 盗んだやつを一族からあぶりだせばいい」

「それが、自由とは言っても、その前にはずっと、祖父がいたのだ。祖父母は老齢だから、そこにカウチを置いて、ほぼずっとそこにすわっていた。草刈りの少女は壁のくぼみになった場所に飾られていた。一度に入れるのは一人だけ。その入口を祖父母がふさぐ形だ」


「じゃあ、なくなっていると明らかになった直前に見ていたやつが犯人だ」

「ところが、祖父母は年のせいか尿意が近いので、ひんぱんにいなくなったんだ。同時に姿を消すことはなかったものの、一度だけ、帰ってくる祖母と出ていく祖父が踊り場の出口ですれちがったらしい。わずか一、二分とはいえ、誰も見ていない瞬間があった。そのときではないかと、祖父は言っている」


 たった一分か二分で観衆の前から名画を持ち運べるだろうか? はなはだ疑問だ。恐ろしく目立ったに違いない。

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