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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 奇術の殺人

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ワレスの迷宮5



 そうだ。ここへ来る途中、リュックたちに刺されたとき、痛かった。でも、まったく致命傷にはならなかった。彼らのことは、ちょっとした友人、またはあるていど親しい知人としか、ワレスが見ていないから。


 一方、ジョスリーヌになら、ワレスにそうとうの打撃をあたえられるだろう。彼女は信頼しているし、とても大切な人だ。それはどちらかといえば、母親に甘えるような愛なのかもしれないが。だからこそ、最後のとどめにまでは至らない。


「犯人はジョスリーヌ。だが、おれは二度殺されている。つまり、もう一人、おれを殺したやつがいる。それが、踊ってたおれをナイフで刺したパートナーの少年だ」


 ワレスはまっすぐにその人を見た。やっと思いだした。とても大事な記憶なのに、なぜ、今まで忘れていたのだろう。

 陶器の人形のように美しい、永遠の少年。


「ルーシィ。君だ。このなかに該当する少年は君しかいない。客のなかには、マノンとエチエンヌのほか子どもはいない。が、裁判官は客ではないからだ」


 無表情なルーシサスのおもてをただ見つめる。数分もして、ようやく、ルーシサスは微笑んだ。


「ワレサ。君の手のなかで、もう一度、踊ってみたかったんだ。あのころのように」

「じゃあ、どうして殺したんだ?」

「今でも、ぼくが君の一番なのか、知りたくて」

「ずっと一番だ。そうだろ?」


 ルーシサスの瞳が物悲しい色を帯びる。優しい、消えいりそうな笑みを浮かべ、ルーシサスはそっと、ワレスの胸によりそってきた。


「でも、ワレサ。君は生き返ったよ。今も、生きてる」


 ルーシサスへの想いが、ワレスにとどめを刺さなかった。それは、つまり……?


「さよなら。ワレサ。ほんとは君をつれていきたかった」

「ルーシィ!」


 少年の姿が風に溶けていく。


「ルーシィー!」


 手を伸ばしても、もう何もふれるものがない。

 いや、誰かがワレスの手をつかんだ。


「ワレス! ワレス! しっかりしろ。今、ひきあげるから。絶対にあきらめるな!」


 ガンガンと頭の芯が熱くなる。痛い。でも、心地よい。


 暗闇の欄干でのぞきこむジェイムズの顔が、ふっと眼前によぎった。



 *



 目をあけると、天使が頭上で踊っていた。青空を背景に純白の翼をひろげ、金色の後光をまとっている。プラチナブロンドの天使は、どこかルーシサスに似ている。だが、本物ではない。フラスコ画だ。


 その天使より近い位置に、人間の顔があった。ジェイムズだ。それに、ジョスリーヌ。

 どうやら、ラ・ベル侯爵邸らしい。ワレスは豪華な寝台に寝かされている。


「ワレス!」

「気がついた!」


 両側から迫る二人の目には涙が浮かんでいる。

 ジョスリーヌはワッと声をあげて泣きだし、すがりついてくるし、ジェイムズだって、ものすごい力でワレスの手をにぎりしめる。二人のようすに、ワレスは圧倒された。


「な、なんだ? いったい……」


 起きあがろうとすると、頭が痛む。

 ズキズキするこの感じ。上からのぞきこんでくるジェイムズ。なんだか、おぼえがある。


「……そうだったな。おれは男を追っていて、橋から落ちたんだ。そのとき、欄干で頭を打った」

「三日も目をさまさないんだもの。もう死んじゃったかと思ったわよ!」と、ジョスリーヌの泣き声が激しくなる。


「バカ。バカ。あっけなく死ぬなんて、わたくし、ゆるしませんからね!」

「生きてるじゃないか」

「こんなに心配させて!」


 泣きついてくる彼女には好きにさせておく。これも愛情表現だと思えば、くすぐったい。


「なんだか、変な夢をたくさん見たような気がするが……」

「どんなだい?」と問うジェイムズに答えようとするものの、もう内容は思いだせなくなっていた。


「さあ。あの世でおれの生前の罪をあばく裁判がひらかれたんだったかな?」


 ワレスが笑うと、ジェイムズも安堵の表情で口の端をゆるめる。


「冗談ごとじゃなかったんだよ。ワレス。あやうく、ほんとに君は死ぬところだった。頭を打って失神したまま水中に落ちていたら、いかに君が水泳が得意だったとしても、まちがいなく溺れてたよ」

「まあそうだろうな」


 だから、あの世の夢なんて見たのだろうか?

 忘れてはいけない大切な、そして幸福な夢だった気がするのだが。


 ワレスはそっと目を閉じた。まぶたの裏には、もうろうとするワレスをひきあげるために、懸命けんめいなジェイムズのおもてが焼きついている。


 ルーシィ。まだしばらく、君のもとへは行けそうにない。


 遠のく天使の気配を感じながら、でも、どこか満ちたりていた。




 了

あと一話、来週投稿ぶんで、この連作短編集は完結です。

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