表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 奇術の殺人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/60

ワレスの迷宮1



 ジェイムズに頼まれて事件を解決するのも、なんだか習慣になってしまった。

 たいていの犯人は罪を解きあかされても抵抗しないし、そもそも、ワレスは世間に害悪がなれば犯人を捕まえようともしない。


 だが、なかには逃走をはかる者もまれにはいる。いつものように完璧な推理で、罪状を看破かんぱすると、その男は逃げだした。


「ワレス、そっちに行ったぞ!」

「オーライ」


 皇都内にはりめぐらされた水路の橋の上、かけてくる男に、さきまわりしたワレスがとびつく。

 だが、相手は何人も殺してきた凶悪犯だ。あっちも死に物狂いである。もみあいになり、ワレスをつきとばすと、欄干らんかんにとびあがる。ワレスも追った。


 そのあと、欄干の上で曲芸じみた追いかけっこがくりひろげられ、橋の中央近くで追いつめる。

 そこまではいい。もう逃げられないと観念したのか、男は水中に活路をみいだす。一か八かで、冬の大河を泳いで逃げようというのだ。

 とっさにワレスは男の服の端をつかみ、ひきあげようとする。だが、男があばれたため、バランスをくずす。欄干で頭を打った。


「ワレス!」


 水中に凶悪犯とともにくずれおちようとする瞬間。かけつけてきたジェイムズが、必死の形相で手を伸ばすのが見えた。


 暗転——



 *



 さて、問題はここからだ。

 暗闇のなかで目をさますと、目の前にルーシサスがすわっていた。よこたわるワレスを、ひざをかかえて見つめている。


「ルーシィ!」


 ワレスはとびおきる。

 五年間、一日たりと忘れたことなどなかった相手だ。ワレスの後悔と悲しみと懺悔ざんげの結晶。それが目の前にいるのだから、思わず、両手で細い肩を抱きしめようとした。


 すると、俊敏にその手をさけて、ルーシサスは立ちあがる。

 あいかわらず、少女のように華奢で美しい。プラチナブロンドの髪が繊細に風にゆれ、若草色の瞳は魂のない宝石のように、ワレスを射すくめる。白い肌は磨かれた大理石のなめらかさで、どこかひんやりと透きとおってさえ見える。


「ルーシィ。会いたかった。ずっと、おまえに聞かせたい言葉があったんだ」


 ルーシサスはなんとなく、ワレスを哀れむ目をして、無表情に見返している。


「ルーシィ。おれをゆるしてくれ。ほんとは、おれも……おれも……」


 そのとき、急に頭のなかが真っ白になって、言葉が霧中に消えてしまった。何を言いたかったのか、思いだせない。

 そんなバカなことはない。ルーシサスがこの世にいなくなってから、これまで、ただひたすら、言いたくで言えなかったその『言葉』だけを虚空にささやき続けてきたのだから。


「あ……おまえを……なんだっけ?」

「ワレサ」


 やっと、ルーシサスが名前を呼んでくれた。伝えたい想いがこみあげてくる。なのに、思いだせない。激しく頭痛がして、ワレスを苦しめる。失われた言葉の一つ一つが、するどいナイフとなって頭のなかをあばれまわっている。


「ムリだよ。君はソレを言えないんだ。もう二度と」

「な……ぜ……?」


 そっと手をかけると、ルーシサスの手はぬれたように冷たい。まるで氷だ。

 その冷ややかな手で、ルーシィは暗闇を示す。天使そのままに無垢むくなおもてに、復讐の笑みを浮かべて。


「だって、君はもう死んでるから」


 ルーシサスの示すさきには、たしかにワレスの死骸があった。自分で見てもたいそう端麗だと思うが、その美貌は半分くだけちっている。ポカリと頭蓋骨ずがいこつにあいた大穴から、何かが流れだしていた。


 血?


 いや、違う。

 それはワレスの記憶だ。ワレスがずっと胸に秘めていた伝えたい言葉。


 ワレスは叫び声をあげ、くだけた頭部の穴を両手でふさごうとした。だが、その手のすきまからも、それはもれでていく。やがて、白い霧となり、かすかにきらめきながら、いずこへか飛んでいった。羽が生え、それじたいが生き物となったかのように、詩さえさえずりながら。


 ワレスは滂沱ぼうだたる涙をこぼしていた。

 それはとても大切なものだった。決して失ってはいけないものだったのに。


 真っ黒なタールのような地面に両手をついて嘆いていると、ルーシサスが身をかがめ、ワレスの耳元にささやく。


「君は誰に殺されたの? 謎を解かないと、ここからは出られないよ」


 どうしよう?

 ワレス殺人事件が発生してしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ