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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第二話 不可視の殺人
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不可視の殺人2



 ワレスは近くでふるえている小間使いにたずねた。


「井戸はどこだ?」


 噴水には毒が混入している可能性がすてきれない。別の水源を求めたわけだ。小間使いから裏庭にある井戸の位置を聞くと、少年子爵をかかえて急行する。


 井戸の水を少年の頭からぶっかけ、むりやり飲ませて胃のなかのものを吐かせた。

 どちらが効いたのかわからないが、しばらくすると、レミの呼吸が少しだけ安定した。鼓動もまだ弱いものの、さっきより持ちなおしている。


 ちょうどモントーニがやってきて診察を始めたので、ワレスは彼に少年を任せた。


「モントーニ。毒だろう?」


 モントーニとは二人で飲み歩く旧知の仲だ。


「うむ。まちがいないな。修道女のため息だ」


 修道女のため息は猛毒の植物だ。毒性がきわめて強く、その実にふれれば人間は死んでしまう。木の下に立っただけで気分が悪くなるという。


 しかし、そうなるといよいよ謎だ。


 レミはみんなから離れて、一人、噴水のそばにいた。椅子を一脚そこへ持っていき、ずっとそこにいたのだ。大人と話すのがわずらわしかったのだろう。


 噴水が高くあがったとき、レミの近くには誰もいなかった。また、レミは飲食もいっさいしていない。


 いったい誰がどうやって、少年に毒を飲ませたのか?


「修道女のため息は、たとえ貴族でも、容易に屋敷の庭に植えられるものじゃないよな?」

「あれはご禁制品だ。皇帝陛下のおゆるしを得なければ、植えることも、手に入れることもできんな」

「レミは?」

「今、中和剤を飲ませた。あとは彼の運しだいだ」

「そうか」

「あんたの処置がよかったからだ。そうでなけりゃ、とっくに死んどるとも」


 毒だと気づいて素早く洗浄したからこそ、小さな灯火ながら、今もまだ少年の命はつながれている。


 姉弟はそれぞれの寝室へ運ばれ、看病を受けた。

 ワレスは中庭へ帰る。


 どうにも不可解すぎて、気になる。そばによることもなく、誰がレミを殺そうとしたのか? また、ともに倒れたキャロンをやったのは?


 あるいは、レミには、誰も見ていない瞬間があったかもしれない。ほとんどの客はこれから始まる結婚発表を心待ちにして、反対側の東屋を見つめていたから。


 だが、キャロンのときには、確実にすべての人の目が彼女に集中していた。百人近くはいる客の注視をあびながら、キャロンは倒れた。誰もそばにはよっていない。


 殺人者は透明だというのだろうか?

 人間の目には見えない何かが、姉と弟を襲ったのか?


 中庭は閑散としている。多くの客は帰っていった。残っているのは一部の親戚と、婚約者のグランドン、それにワレスを待つジョスリーヌしかいない。


「ワレス。帰りましょうよ。わたくし、疲れたわ」

「ちょっと待ってくれ」


 急いで卓上のグラスをとり、噴水の水をくんで、モントーニのもとへ持っていった。モントーニはまだ少年の枕元についていた。


「この水に毒がふくまれてないか?」

「あんた。あいかわらず、人をこきつかうな」

「この子が助かれば、ジョスが褒美をくれるよ」

「よかろう。ちょっと待て」


 貪欲な名医は褒美につられて、パパッと調べてくれる。どうするかと思えば、レミの部屋にある金魚鉢のなかへ、その水を入れたのだ。


「おいおい。金魚が死んだらどうするんだ」

「そのときは少年子爵に殉じるのだという神のおぼしめしだ」


 いいかげんなことを言う。が、結果から言えば、金魚は死ななかった。噴水には毒は入れられていない。

 となると、どこから毒は少年を襲ったのか? 皆目、見当もつかない。


 こんなことは初めてだ。

 毒の種類までわかっているのに、どうやってそれを被害者にあたえたのか、さっぱり解けないなんて。


 ほんとに犯人は透明だったとでも言うのだろうか?


 ワレスは頭をかかえた。

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