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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 奇術の殺人

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じいやの思い出5



 時計塔の暗がりのなかで、ワレスはじいやとにらみあった。表情だけでは、じいやが何を考えているのかわからない。


「あの日、ほんとは何があったのでございますか?」


 おだやかな声で、じいやはたずねてくる。

 ワレスも冷静に返した。

 しかし、二人のあいだの空気は緊迫している。


「真相はこうだ。まだ十五歳の姫君は、七つも年上の女にだらしない男との結婚を望んでいなかった。ふつうなら泣き寝入りだが、マガリ姫は特別な少女だったんだ」

「それは当然、特別にお美しいおかたでしたよ」

「いや、特別な性格をしていたんだ。《《あの》》マノンの祖母だぞ? 二人は姿形だけじゃない。性格もよく似ていた。マノンが奇矯ききょうなのは、祖母譲りなんだ」

「だから、私は最初から言っているじゃございませんか。マノンさまは、ほんとにマガリさまに瓜二つだと」


 天窓から入るかすかな光が、ななめ上から照らしていた。じいやのおもては半分、闇に沈み、半分は光を受け、変に浮きあがって見える。表面にあるものではなく、この男の内に秘めた真の層を浮き彫りにしたかのようだ。


「小鳥を殺していたのは、マガリなんだな?」

「さあ?」

「そして、それをイアサントの仕業だとウワサを広めたのも彼女だ」

「しかし、姫君は自分の小鳥をとても可愛がっていたのでございますよ? 一羽死ぬたびに、それはもう号泣なさって」

「悲しいのはほんとだったのかもしれないな。それでも、自分の目的のためなら手段を選ばない。マノンだって兄の結婚を妨害するために、犬を何匹も殺した」


 おぞましい話題なのに、じいやはさも愛おしそうに微笑む。


「ほんとに、よく似ていらっしゃいますな」

「小鳥を一羽ずつ殺して、ウワサを流し、ようやく縁談を流したと思ったのに、イアサントはまだ粘った。小鳥殺しをやめれば、イアサントの疑いは深まるが、姫はあの性格だ。まどろっこしいのは嫌いなんだな。猫を殺して、さらにイアサントに罪を着せたんだ」


 じいやはバカバカしいと言うように首をふる。

「どうやってです? このとおり、時計塔のなかへは入れません。鍵は伯爵閣下が持っていらっしゃったのですぞ?」

「だが、窓がある。小さな穴だが、ナイフと指輪をなげこむくらいはできる」

「マガリさまがですか? あの高い窓から?」


 今度はワレスが笑う番だ。

「そんなの決まってるだろう? あんただよ。愛する姫さまのために、必死で外の壁をよじのぼったんだ。命をかけて」


 つかのま、ワレスはじいやを凝視した。老人の目の奥にある獣が牙をむく瞬間を見逃がすまいと。じいやも、ワレスを。

 が、彼はとつぜん相好をゆるませ、破顔する。


「合格ですな。あなたになら、うちの姫さまを任せられる」

「は?」

「いや、マノンさまがあれほど慕っておられますゆえ、あなたと結婚したいと言われる日が来るに違いございません。幸い、マチアスさまが伯爵家を継いでおられますので、マノンさまにはご自身が好いた男と結婚してよいと、お父上はおっしゃっておられます。身分など低くともかまわぬと」

「……」


 くるりと背をむけ、じいやが歩きだすので、ワレスもあわてて追う。外から鍵をかけられて閉じこめられでもしては大事だ。この男なら、やりかねない。


「おれを試したのか? だからって、おれはマノンと結婚なんか死んでもしないからな」

「まあ、結婚はエチエンヌにしてもらうことになるでしょうよ。おそらくは」

「だろうな」


 エチエンヌもワレスと同じみなしごだから、貴族の一員になれるなら喜ぶだろう。あれで不思議と、マノンのことも嫌っていないし。


「イアサントの件は作り話だったのか?」

「それは真実でございますよ。おかげさまで、イアサントさまとの縁談はなくなり、その後、マガリさまは心優しいアントンさまとご成婚なさいました。お子さま、お孫さまにも恵まれ、お幸せにすごされましたよ」

「ほんとは、あんたと姫さまは愛しあっていたんじゃないのか? だから、マガリはイアサントと結婚したがらなかったんじゃ?」


 背中を見せていたが、一瞬、老人が打ちひしがれたように見えた。


「言っておきますが、私と姫さまは一度もやましい関係になったことはございません。純愛でございましたな」


 一癖も二癖もある老人だが、この男のなかにも、まだ透明な季節が息づいている。残酷なほど純粋な少年と少女だけが持つ、あの時期特有のそれが。胸の皮一枚むけば、そこにある。


 人はみな、そうなのかもしれない。

 ワレスのなかにもあるように。


「今でも、愛しているんだな」

「それはもう」


 目を閉じると、昨日のことのようによみがえる、澄んだ日々。

 でももう、それは遠い。



 *



 茶話室に戻ると、マノンがさわいでいた。

「どうしよう! おばあさまがお見えになるんだって! ヤダー。こんなとこ見つかったら、しかられるぅ。エチエンヌ、早くボクの部屋に行こう」


 だが、そのときにはすでに、白髪の老婦人が扉の前に立っていた。


「マノン。またおまえはよからぬことをたくらんでいますね? まったく、あきれた子だこと。わたくしの若いころはもっと、しゃんとしていたものですよ」


 ワレスはあきれてはてて、じいやを見た。

「あんたの姫さまは死んだんじゃなかったのか?」

「誰が死んだなどと申しましたか。ご健勝にございます」


 そして、いかにも嬉しげに近づき、マガリの手にキスをする。その瞳は少年のように輝いていた。




 了

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