じいやの思い出3
じいやの話はまだまだ続く。
「怪しいのは当然、少し前に屋敷へやってきたイアサントさまでした。彼が来たと同時に、姫の小鳥たちが死に始めたのです。使用人のなかには、夜な夜な血に飢えた獣のように邸内を徘徊するイアサントさまを見たという者がいたのです。そのウワサはまたたくまに屋敷じゅうに広まりました」
「娘婿、大ピンチじゃないか。よかったな」
じいやは憤慨してみせる。が、その顔はニヤついているようにしか見えない。
「よくはございませんよ。大事な姫君のご夫君になるべきおかたが、小さな生き物を殺しては喜ぶ気色悪い趣味の持ちぬしであったり、ましてや、黒魔術師であれば、ゆゆしき事態ですからな」
「それはそうだ。へたすれば、姫君さえ傷つけられかねない」
じいやはワレスの答えに満足そうにうなずく。
それにしても、これだけ長い時間、二人きりで話しているのに、マノンがまったくあいだに入ってこようとしない。伯爵やその母夫婦は彼らで談笑しているから問題ないが、マノンのことだ。また悪さを働いていなければいいのだが。
「で、イアサントはどうなったんだ? ほんとに小鳥を切り刻むのが好きな変態貴公子だったのか? 美男でソレは、お芝居の狂王ってところだぞ?」
じいやは神妙な顔で、ワレスをながめる。こういうときの老人の目つきは、なんだか妖怪じみている。その無表情の奥に計り知れない深淵がかいまみえる。歩んできた人生の重みであろうか?
「伯爵さまも、それはそれはご案じなさいましてな。このような恐ろしい男は婿にできぬ。縁組はなかったことにしたいと、イアサントさまに伝えられたのです」
「当然だな。いい判断だったと思うよ。いくら侯爵の息子でも、血を見るのが好きな美男子だなんて、花嫁にとって危なすぎる」
もっともらしく、じいやは首肯する。だが、話はそこでおしまいかと思いきや、さらにこじれていく。
「ところがですな。イアサントさまがひきさがらなかったのです。なかなかに図々しいかたでございました」
「どうでもいいが、おまえ、イアサントに対してだけ、ちょくちょく無礼だぞ?」
じいやはしわがれた声で笑う。人のよさそうな笑みだが、信用はできない。
「お気のせいでございますよ。とにかくですな。イアサントさまは、こう申し出られたのでございます」
「どう?」
「自分は絶対にやっていない。だから、それを証明させてほしいと」
「どうやって?」
「あれをごらんくださいませ」
じいやが指さしたのは、伯爵邸のまんなかにある時計塔だ。塔と言っても、ほかより一階ぶん高いだけで、屋敷と一体化している。構造で言えば、屋上にある小屋みたいなものだ。
「ごらんのとおり、時計塔はほかより高く造られております。それゆえ、出入り口が屋上にある扉一つなのですよ。窓もございません。塔にはふだん、外から鍵がかかっております。なかには時計のからくりと、寝台二つぶんほどの小部屋がございまして」
「なるほど。一晩そこへ閉じこもるから、外から鍵をかけてくれと、イアサントは言いだしたんだな?」
じいやは相槌を打ちつつ、カラになったワレスのカップにコーニン茶をそそぐ。
「あててやろう。イアサントが軟禁されると同時に、ピタリと鳥殺しがおさまった。そうだろう?」
すると、じいやは声を抑えて笑う。
「いえいえ。その夜にこそ、とんでもない事件が起こりましたよ」
「そうなのか?」
おかしい。ふつうは疑われていた人物が動けないうちは、何も起こらないのが定石だ。容疑者が閉じこめられているのに、変わらずさわぎが起こるなら、その人物は犯人ではない。
「で、どんな事件だった?」
じいやはしたり顔で述べる。
「姫さまの可愛がっていた猫が殺されてしまったのですよ。小鳥と同じようにナイフで胸をこじあけられ、心臓がなくなっておりました。同時に、イアサントさまから贈られた婚約指輪も消失しました」
鳥殺しが猫殺しにグレードアップしてしまった。猫ならば、かなり抵抗しただろう。しかも、鳥かごのなかにいる小鳥と異なり、猫はすばしこく逃げまわる。寝ているところを襲ったのだろうか?
「では、イアサントの無実が証明されてしまったな」
ワレスが言うと、じいやはなぜか、ほくそ笑む。
「朝になり、伯爵さまや皆々がうちそろい、時計塔をひらきますと、そこには血まみれのナイフと、姫さまのなくした婚約指輪が落ちていたのでございます」




