じいやの思い出2
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「私は生まれてからずっと、このお屋敷に奉公させていただいております。祖父母の代から仕えておりまして。そのため、マノンさまのおばあさまにあたるマガリさまとは、恐れ多くも乳姉妹として育ったのであります。マガリさまはそれはもうお美しく、お優しい姫さまでした。生き物が大好きで、たくさんの鳥のほか、犬、猫を飼っておいででした。私たちは身分が違いますから、年を負うごとに距離はひらいていきましたが、それでも、このかたにお仕えできるのはたいそう幸せだと存じておりましたものです。まあ、憧れていたのでしょうねぇ。自分の妻になど求められるはずもありませんが、遠い世界の天空の窓から手をふってくださる、ありがたい女神さまのようなものでしたよ」
じいやはなかなか話し上手だ。へたすると、この話、彼の十八番ではないかと思う。
しかし、マノンを自分の孫のように可愛がるわけは、それでわかった。かつて憧れていた姫君の面影を、マノンに重ねているのだ。中身は大違いだろうに。
「それほど素晴らしい姫でしたからな。ご婚儀の話が出るのも早うございました。十五のお年に親御さまがフィアンセを決められまして。マガリさまは一人娘でしたので、アズナヴール家を継ぎ、女伯爵となられる身の上でした。お相手にはそのため、とある侯爵家のご次男にあたられるイアサントさまが選ばれたのです」
「姫君はまだ十五だろ? 相手も若かったのか?」
「イアサントさまは二十二歳でした」
政略結婚だから、このくらいの年の差はしかたない。七つていどなら、まだしも釣りあう相手だ。へたすると二、三十は離れてることだってザラなのだ。家柄や官位、領地の有無、財産などのほうが、娘の結婚相手の年より重要となる。
「まあ、似合いの二人じゃないか?」
ワレスが言うと、じいやの表情がくもる。
「そうなら、よかったのですがな」
「違うのか?」
「イアサントさまはとても美しいおかたでした。女性におモテになったのですよ。社交界では浮き名が絶えませんでした。とにかく、顔だけは抜群によかったですからな」
女癖の悪いフィアンセ。それは最悪だ。婿入り夫だから、立場上は彼のほうが下のはずだが、生家の爵位はイアサントが上だし、美男ならなおさら、結婚したところで浮気がやむと思えない。
じいやもワレスの考えを読んだように、深くうなずく。
「何しろ、イアサントさまにしてみれば、まだ十五のマガリさまは、てんで子どもです。女性としてなど見てはいなかったでしょうな」
「ことさら若い娘をとくに好むものもいるが……」
「イアサントさまはそうではございませんでした。どちらかといえば、年上の妖艶な美女がお好きでしたよ。結婚前のご令嬢より、あとくされのない相手でもあったからでしょうが」
それは耳が痛い。ワレスの現状を指摘されているようだ。たしかに、ジゴロにとって既婚の、かつ、隠居するには早すぎる貴婦人はよい商売相手だ。
「それで、イアサントはマガリ姫に冷たかったのか?」
じいやはうなずく。
「愛のない結婚は貴族の多くがいたします。それだけなら、あきらめもついたのですがな。イアサントさまが婚前見習いとして、お屋敷に寝泊まりされるようになってからは、奇妙な出来事がたびたびございまして」
「待ってくれ。貴族が結婚前に婚家のしきたりを学ぶために花嫁修行に行くのは知ってるが、婿養子の場合にも、それがあるのか?」
「ふつうはございませんでしょうな。しかし、そこは当時の伯爵さまもたった一人の可愛い姫君ですから、行く末を案じられたのでございましょう」
まあ、そういうこともあるだろう。その家にだけ伝わる謎の伝統なんてものは、貴族のあいだでは腐るほどある。
「それで、奇妙なこととは?」
じいやの表情はますます暗くなる。何かにおびえるようにすら見えた。
「姫さまの飼っていた小鳥がですな。毎夜、一羽ずつ、死ぬのです」
「鳥の病気……」
じいやは『だまらっしゃい』と言わんばかり、ワレスをにらみつける。
「そういうものではございませんよ。小鳥たちはみな、ナイフで胸をこじあけられ、小さな心臓が切りだされておりましたから。しかも、その心臓だけがなくなっていたのです。持ち去られたのか、食われたのか。屋敷内には、黒魔術に使われたんじゃないか、などと、まことしやかにウワサする者までおりました」
じいやの淡い初恋の話が、なんとも薄気味悪くなっていく。




