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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 奇術の殺人

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じいやの思い出1



 ひさしぶりにアズナヴール伯爵家の茶会に招かれた。夜会ではない。昼間にごく親しい友人だけを招いた茶会だ。


 多くの貴族の邸宅へ、そこの主人にけどられぬよう、こっそり侵入するすべを会得しているワレスだが、できれば、この屋敷には招待されていても近よりたくないところだ。

 ちなみに、侵入した邸内で盗むのは金品ではない。女主人、またはその娘の愛である。


 だが、この屋敷には常人では思いつきもしない奇抜な手段で、ワレスの気をひこうとする末恐ろしい小娘がいる。へたに招待を断ると、むしろあとが怖いので従っているのだが。


「わーい。ワレス! ボクの王子さまー!」


 エントランスホールで待ちかねてウロウロしていた小娘が、到着と同時に首にとびついてくる。

 あいかわらず少年の服装をしたマノンだ。ワレスに会いたいからと屋敷にさらってきて監禁したり、修道院に呼びよせるために自ら服毒するなど、常軌を逸した少女だが、姿は可愛い。

 容姿というのは大事だと、つくづくワレスは思う。もしこれで、マノンが醜い娘だったなら、親ですら化け物と罵っていただろう。ましてや、他人のワレスなら、なおさら。


「今度はなんだ? 茶に眠り薬を盛って、おれを鎖につなぐつもりか? ああ、いや、鎖にはもうつながれたんだったな。すまん、すまん。おまえがそんな古い手を使うはずもない」

「もう、ワレスったら、いつの話してるの? 早く、早く。今日のお菓子はね。ボクも母さまを手伝ったんだよ」

「そうか。そうか。じゃあ、用心して食べないと、毒入りかもしれないな。ああ、毒も使用ずみだったな」

「もう、ワレスったら、冗談が好きなんだから」


 これでキャッキャッと笑える神経がわからない。決して、ワレスは冗談を言っているわけじゃない。《《つねに本気だ》》。そして、事実だけを述べている。


 しょうがないので、そのまま手をひっぱられていく。冬薔薇咲く庭の見える茶話室には、マノンの優しい母と、まじめで礼儀正しい父がいた。結婚し、爵位を継いだ兄のマチアスやその兄嫁。マノンのじいやや小姓のエチエンヌ、小間使いもならんでいる。一家の団らんに、特別にワレスだけを招いてくれたのだ。


「お招きにあずかり光栄です」


 ワレスがあいさつすると、大人たちは感謝の眼差しを返してきた。目のなかに、いつも娘(または妹)の非常識につきあってくださってありがとう、と記されている。


 しかし、茶会はふつうに進んだ。母に教わってマノンが焼いたというケーキも、思っていたより美味い。見ためはイマイチだが、そこは初心者だからしかたあるまい。案外、これで大人になれば、いい母になるのだろうか?


 マノンがエチエンヌを追いまわして困らせているのを見ながら、ワレスは最上級のコーニン茶の香りを心ゆくまで味わった。


 すると、じいやがとなりにやってきて、ささやく。


「マノンさまは、ほんとに可愛らしい姫君ですなぁ。そうは思われませんか?」

「……」


 このじいやが曲者だ。マノンの突飛な行動の裏には、じいやの口車がある。マノンを甘やかしほうだいで、変質者サイコパスの道にいざなっているのは、本来、目つけ役のこの男だ。


「……まあな。見ため《《だけ》》は可愛いよな」

「あんなに素直で純粋な姫さまはなかなか、他におられません」

「……自分の気持ちには、とてつもなく、まっすぐだ」


 どうも話がかみあわない。じいやは心から、マノンが清純で愛くるしいお姫さまだと疑ってもいないらしい。


「なんで、そんなにマノンをひいきするんだ? だって、あんたはただの召使いだ。あんたの孫でも子でもないのに」


 すると、じいやは遠い目をして語りだした。


「あれはもう六十年の昔になりますなぁ。私がまだ十七の若者だったころです」


 コイツ、急に思い出話をしだしたぞ? そこまで長々語れとは言ってないんだが?


 しかし、じいやは淡々と進める。ワレスの内心などおかまいない。こういうところが、マノンに影響しているのではなかろうか?


 とにかく、じいやは語る。

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