贋物目利き5
*
夜になって、街灯が路地を照らす。無人の小さな家は灯りもなく、闇に沈んでいる。家の主人は今ごろ牢屋のなかだ。オーバンの自宅である。
「なぁ、ワレス。この家を見張る意味があるのかい? 残念だけど、犯人はオーバンで決まりだし、もう捕まったよ。今ごろはレヴィアタンが牢屋で取り調べてる」
「オーバンは犯人じゃない」
「ふうん?」
「それどころか、あいつはたぶん、トマをふった女の息子だよ」
「えっ?」
「だから、トマはオーバンのあつかう商品がみんな贋物だと知りつつ、勧められるがままに買い集めた。品物が欲しかったわけじゃない。オーバンを生活させてやるためにだ」
ジェイムズは心底おどろいている。
「そんなの、なんでわかるんだ?」
「オーバンの店で見た天使の像。ひたいに星の飾りをしてた。それに、ペネロープは大切にしていた人形を月の精と呼んでいただろ? 月と星。おそらく、対になってるんだろう」
「でも、君は『月の精』を見てはいないだろう?」
「ナランジーヌが言っていた。子どもの作ったできそこないだと。それはまさに、おれがオーバンの家で見た天使を見て思ったことだ」
ジェイムズは大げさに感心した。
「うーん。なら、それがトマとオーバンが親子だという証拠か」
「親子かどうかまではわからない。ただ、オーバンはあれを母の形見だと言った。きっと、トマが若いころに贈ったんだろうな」
「だったら、オーバンはトマの月の精が自分のそれと対だと気づいて、盗んだのかもしれないぞ?」
「それはない。オーバンに頼まれれば、トマは安価で譲っただろうから。なぐって殺そうとするほどに商談がこじれるわけがない」
「それもそうか。じゃあ、いったい、誰がトマを襲ったんだ? やっぱりベルナールかな? しかし、彼は体形があまりにも違う」
ワレスは街灯に浮かぶ石畳を見すえつつ、話を続ける。
「トマの屋敷から出ていったという怪しい男だが、それを見たのは誰なんだ?」
「そう言えば、関係者の聴取をしてるときに出た話だと、レヴィアタンは言ってたな」
「関係者なら、昼間に集まっていた連中のなかの誰かだ。その証言じたい、信用できない。自分たちがユイラでは目立つ体形だと自覚があるから、わざと反対のタイプを見たと嘘の証言をしたんだ。自分の犯行をごまかすためか、あるいは親族のなかから罪人を出さないために」
そのとき、街灯が人影を照らした。特徴的な丸い影が石畳に伸びる。黒いマントで身を隠しているものの、体形はごまかしようがない。
その人物は人目を忍ぶようすで、そっとオーバンの自宅へ入っていった。店舗をかねているくせに、オーバンは鍵をかけていなかったらしい。
追っていこうとするジェイムズを、そっとひきとめる。
「でも……」
「まだ早い」
その人物が犯人だと断定するためには、盗みの瞬間を押さえるしかない。消失した月の精と対になった天使を、その人が狙う瞬間を。
しばらくして、同じ人影が扉をあけて出てきた。手に何かをにぎっている。
「今だ。ジェイムズ」
ささやくと、ひと足早く、ワレスは走りだした。
「その天使をどうするつもりだ?」
人物の前に立ちはだかる。その人はギョッとすくんだのち、逃げだそうとした。が、そこへジェイムズが追いつき、前後から、はさみうちになる。マントの人物はガクリとひざを折った。
「いったい、誰なんだ?」と言ったのは、ジェイムズだ。ワレスには予想がついている。
「おれは知ってる。マントを外してみてはどうだ?」
「うん」
街灯にさらされた顔を見て、ジェイムズはうなる。
「コラリーさん。あなたですか!」
天使の像をにぎりしめたまま、コラリーはうなだれた。
*
翌日。
どうしても気になるらしく、ジェイムズがワレスのアパルトマンをたずねてきた。
「けっきょく、どういうことだったんだ? ワレス。なんで、コラリーは金持ちなのに、あんなガラクタを盗んだんだろう?」
ワレスはベッドのなかから、チラリと友人をながめる。
昨日は深夜までオーバン宅を見張っていたし、そのあと、コラリーをひきつれて治安部隊に乗りこんだので、寝たのは朝方だ。ジェイムズだって同じ条件のはずなのに、なにゆえ、こんなに元気なのだろう?
「そもそも、そこがまちがいなんだ。たしかに、トマの屋敷にある美術品はほとんどガラクタだ。みんな、そう信じこんでいた。だが、そのなかに一つだけ、ほんとにものすごい価値のものがあった。たぶん、くわしく鑑定したら、名のある作者の貴重な作品だよ。コラリーだけがそれを見ぬいていた」
「えっ! あのぶかっこうなできそこないが?」
「そう見えるよな? だが、コラリーはこう言ったんだ。『伯父さんは価値をわかってない。もったいない』と。たぶん、売ればそうとうの額になる。城が買えるくらいの。暮らしむきが豊かとはいえ、コラリーのドレスは地味だった。それほどの大金になら目がくらむ。譲ってほしいと頼んだのかもしれないな。でも、断られた。真価も知らないくせにと、コラリーは腹を立てたんじゃないか? 愛する人の思い出の品物だから、トマはそれをほんとに大切にしてくれるペネロープに、いずれ継いでほしかっただけなんだが」
ジェイムズは感嘆した。
「さすがだなぁ。ワレス。お見事。コラリーがオーバンのうちに来ると予測していたしね」
「関係者をぞろぞろひきつれて、それぞれの家をまわったろ? あのとき、コラリーは月の精に対となる天使があると知ったんだ。美術品は対がそろってるほうが格段に価値があがる。どうしても欲しくなったんだろ。幸い、オーバンは牢屋につれていかれて、家は留守だしな」
「オーバンが君に感謝していたよ。月の精が戻ってきたので、トマもコラリーを訴えはしないようだし、一件落着だ」
「そんなの、おれの知ったことじゃない。レヴィアタンの悔しがる顔が見たかっただけだ」
「またまた。ほんとは嬉しいくせに」
満面の笑みでジェイムズが言うので、ワレスは照れ隠しに、枕に顔をうずめた。
ジェイムズといると調子が狂う。
「じゃあ、ワレス。次は釣りに行こう」
「イヤだ。ちょっとは寝かせてくれ」
「もう昼間だよ」
「布団をはぐな。バカ」
「さあさあ」
そっとしておいてくれない友人に、ムリヤリ布団からひっぱりだされる。でも、それが不思議と快い。
了




