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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 奇術の殺人

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贋物目利き3



 屋敷に入ると、足のふみ場がない。玄関ホールはもちろん、寝室にも、客室にも、階段にも、あらゆる場所に美術品がつみあげられている。人の行動範囲が恐ろしく限定されていた。

 これらが全部、贋物だというのだから、よくもまあ、こんなに集めたものだ。


「なるほど。ガラクタ屋敷だな」

「しいッ。ワレス。失礼だよ」


 ジェイムズが注意するのは、屋敷のなかにトマの親族が集まっているからだ。このせまくるしい家に五人もいると、それだけで圧迫感があるというのに、ほぼ全員がかなりの太めだ。ユイラ人にはめずらしい体形である。


「いやいや、はっはっ。かまいませんよ。伯父さんのコレクションについては有名ですからな」


 ふくよかなお腹をたたきながら笑うのは、集まった親族のなかで最年長のベルナール、五十五歳。この近所で革製品を売る富豪だ。富が豪華な食事にもっぱら消費されているらしい。


「伯父さん、助かってよかったわよ。こんなガラクタのために命まで落としたんじゃ、かわいそうすぎるもの」


 口をはさんできたこの女はナランジーヌ。同じく近所の婚家に住んでいる。大商人に嫁いだので、これも裕福。体重もそうとうだが、身につけた宝石も重そうだ。

 ひきつれている娘のペネロープは幅も目方も母の半分しかない。ひっそりとした十三、四の小娘だ。


「あんたたちにこの宝物の価値はわからないよ。そんなに言うんだったら、全部、私が処分してあげていい」


 こういうのはトマが数年前から重用している骨董こっとう商のオーバンだ。トマの親族ほど肥えてはいない。ほんの少しぽっちゃりだが、身だしなみはいい。これも生活に困ってはいない。


「それで、おじさまはどこですか? おケガはヒドイんですの?」


 最後に三十代くらいの女。これも豊かな体形がトマ家の親族だと告げている。ドレスがナランジーヌほど派手ではない。名前はコラリー。トマの妹の娘だという。


「トマには、おれも会ってみたいな。なにしろ、被害者当人なんだから」


 ワレスが言うと、レヴィアタンが左右に指をふった。ノンの意味だということは見ただけで伝わった。


「トマは看病が必要なので、姉の屋敷にいる。ここまで出向いては来れない」

「姉はなぜ、ここに来ないんだ?」

「耳の遠い老婆だ。犯行には無縁だろう」

「家族がいるんじゃないか?」

「夫が死んだあと、一人暮らしだ。娘は遠くに嫁いでいるので、すぐには連絡がつかない」


 ワレスは屋内を見まわした。

「それにしても、甥姪ばっかりだな。トマの息子や娘はいないのか? あるいは細君は?」


 レヴィアタンはこれにも指をふる。なんとなく、鼻につく。


「トマは独身なんだ」

「一度も結婚してないのか?」


 すると、ナランジーヌが口をはさんだ。

「伯父さまはお若いころに大失恋して以来、女性をさけておいででしたわ」


 なるほど。好きな女を今でも思っている、またはとても強く恨んでいる。


「じゃあ、トマにもしものことがあれば、誰が遺産を相続するんだ?」

「わたしはいらないわ。こんなガラクタ。片づけるだけで手間だもの。相続権は放棄します」と、即座にナランジーヌが言う。娘は何か物言いたげだが、沈黙を守っている。


「うーん。私もいらんなぁ。譲られても迷惑だ。もちろん、土地は売ればいい金になるだろうがね。ガラクタを処分するのにかかる経費を考えれば、たいした儲けにはならん」と、ベルナール。


 負けじと、コラリーも告げる。

「あら、わたしだっていらないですわ。母もそのつもりで、わたしをここへよこしたんですからね」


 つまり、この屋敷にたいした価値はない。親族が全員、それを心得ている。置かれている美術品は贋物ばかり。親族が老いた伯父を襲う理由はどこにもなかった。


「だから、そのときは私が全部、請け負いますって。贋物とはいえ、これだけのものなら、そこそこの値段で売れます。一点ずつは安くとも、総額なら、まあまあにはなりますよ」


 骨董商のオーバンだけが、もみ手でとりいっていた。


 たしかに貴族相手では、贋作がんさくなど歯牙にもかけられない。が、庶民なら贋物と承知の上で安く買っていく。家に飾るのにちょうどいいくらいに本物らしくはあるのだ。


 もちろん、貴族の屋敷に常日ごろ出入りするワレスの目には、どれも贋物だと、ひとめでわかる。油絵は安物の絵の具が使われているし、タッチも荒い。彫像は稚拙ちせつ。織物も古風なアルメラ製をマネしているだけ。陶器にいたっては最近の土産物だ。


 どれもこれも二流品の香りが、そこはかとなく染みついている。

 それでも、貧しい人の心の糧にはなるだろう。一食を我慢して浮いた金で買ってみようという者は少なからずいる。この点数が全部売れたとしたら、金貨二十枚ていどにはなるかもしれない。

 とはいえ、それは裕福な連中が社会的地位をおびやかしてまで、手に入れたいと願う金額ではなかった。


(変だな。怪しいヤツが誰もいない)

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