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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 奇術の殺人

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贋物目利き1



 ワレスはジゴロに疲れると、孤独を満喫するために借りている集合住宅アパルトマンに帰る。今日も一人で憂鬱に外をながめていた。


 外は冷たい雨。

 もうすぐ冬が来る。

 ユイラ皇国は年間通して温暖だが、それでも四季の移りかわりはある。


 この季節になると、どうしても思いだす。忘れたつもりでも。いや、忘れることなどないのだけれど。ただ、胸の痛みがあまりにも激しいとき、忘れたふりをする。でも、忘れられるはずないこともまた、心のどこかでわかっている。


 今でもずっと愛している。

 無垢なる天使。

 死とひきかえに、この世の憂いと穢れから永遠に解放されたあの子。


 こうして、ただ単調にあの子との年の差がひらいていくだけの日々が、いったいいつまで続くのか?

 あるいはもうこのあと一生?


 それもいい。

 ワレスはもともと、死のうとしていた。ルーシサスがいなくなってから、ずっとムチャばかりして、酒や薬に溺れ、ケンカにあけくれた。誰かが自分を殺してくれるのではないかと願って。


 でも、それすらできなかった。けっきょく、あきれはてるほど、自分は強いのだ。生きる力がずばぬけている。

 こんなふうにたっぷり悔悟かいごにひたっているときだけ、ルーシサスの気配をかたわらに感じる。

 どこかおぼろで遠い。あの冬の日が遠のいていく。毎日をふつうに生きられるようになった。それがつらい。


 ワレスが悲観的な心地を、ワインのように舌先にころがし、じっくり味わっていたときだ。外から階段をあがる足音が近づいてきた。その歩調を聞いただけで誰だかわかるというのは、はたして、ワレスにとっていいことなのか。悪いことなのか。


 やがて、ドアがたたかれた。


「やあ、ワレス。あけるよ? いいかい?」


 あけるよも何もドアには鍵をかけていない。貴族の屋敷でもあるまいに盗まれるほどのものは、ここにはないのだ。ほとんどの荷物や衣服はラ・ベル侯爵邸に置きっぱなしだ。あっちのほうが断然、防犯性が高い。

 このあたりの下町には家に鍵のついていないところもけっこう多い。


「もうあけてるじゃないか」


 ワレスがふりかえると、ジェイムズが笑っていた。

 とび色の髪の、いかにも育ちのよさげな目をした貴公子。こんな日にはジェイムズがまぶしい。口元からのぞく白い歯が全部、光を照りかえす鏡でできているんじゃないかと思うほど。


 ジェイムズはなぜ、あんなに嬉しそうにワレスに会いに来るのだろう?

 ルーシサスは二人の共通の友人だった。ジェイムズにとっては従兄弟でもある。ルーシサスの死に一定以上の責任を持つワレスだ。本来は憎んでもいいはず。


 そして、そんなジェイムズのおとずれを心待ちにする自分にも、嫌悪感がこみあげる。むしょうにホッとするのが腹立たしい。


「なんの用だ? おれは一人になりたいんだが」

「そう言って、もう一旬じゃないか。たまには釣りにでも行かないか?」

「釣りなんか行かない」

「私はけっこう好きだよ。無心になって釣り糸をたらしてると、憂さも消えていく」

「そんなだから釣れないんだ。釣りは頭脳戦だよ。どこにどんな魚がいるか、なんのエサを求めてるか、計算して釣り針をなげないと」


 ジェイムズの目が一瞬、キラリと光る。おぼっちゃまのちょっと人の悪いところをかいま見た気がする。


「そんなに頭脳労働が好きなら、ワレス。じゃあ、謎解きに出かけよう」

「バカ言うな。謎解きなんて、そのへんにゴロゴロころがってるもんじゃないだろ?」

「ところが、落ちてるんだよ」

「どこに?」

「商人の住居が多い地区に、トマって男の屋敷があるのを知ってるかい?」

「さあ」


 ワレスが知らないのだから、大商人というわけではないだろう。皇都で名の知れた商店なら、だいたい網羅もうらしている。


「その男が襲われたんだ。幸い命に別状はないが、頭をなぐられたせいで、事件のときの記憶があやふやなんだ」

「どうせ、強盗の仕業だろう? 誰か怪しいやつの出入りを見かけてないのか?」

「たしかに妙な男が出ていくところは目撃されてる。が、問題はそこじゃない」

「そこじゃない?」

「そう」


 なんだか、ジェイムズはいやに楽しそうに話す。つられて、だんだん暗い気持ちを忘れていることに、ワレスも気づいてはいた。気づいていたが、気分の高揚をどうしようもない。


「じゃあ、何が問題なんだ?」

「何かが盗まれたはずなのに、何もなくなってないんだ。金も宝石も高価な服も残ってる」

「トマが床下に秘密の金庫を隠してたとか?」

「そんなものはないと本人は言ってる」

「ああ、生きてるんだったな。何がなくなったかくらい、わかるだろう?」

「それが困ったことに、近所からガラクタ屋敷と呼ばれてるんだ。トマはまだ歩けないから、確認できないしね」

「ガラクタ……」


 なんだか、イヤな予感がする。


「ゴミ屋敷なのか?」

「いや。置いてあるのはすべて美術品だよ」

「じゃあ、そのうちの何が盗まれても不思議はないじゃないか?」

「ところが、トマの審美眼は最悪でね。全部、贋物にせものだと知れ渡ってる」


 なるほど。それはガラクタだ。


「贋物の美術品なんて、なんの価値もないな」

「だろう? でも、屋敷を出ていった男は何かを小脇にかかえていたというんだ」

「ふうん」


 消えたガラクタ事件というわけだ。しかも、その品物が何だかわからない。

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