奇術の殺人9
これには、ジョスリーヌばかりか、ジェルマンやマルヴィアもおどろいた。
「アダンが双子? 知らなかった」
「だろうな。アダンは隠してたみたいだから。二人はよく入れかわっていたんじゃないかな。アダンがひんぱんに多くの女と交流できたのは、そのせいもある。つまり、双子の片割れは影武者だった。兄だか弟だか知らないが、便宜上、ここではアダンの弟だとしておく。弟自身も女好きだったんだろうな。貴婦人の相手だけでなく、台所女にまで手を出した」
もっとも、それはアダンのほうだったかもしれないが、マルヴィアの手前、弟の仕業と思わせておくことにした。自分の父が女にだらしないと言われるより、気持ちがスッキリするだろう。
「それが、さっきのアガトーだ。彼女はふつうの女じゃなかった。かなり、しつこい性格だったようだ。別れ話がうまく行かない。『別れるくらいなら、あんたを殺して、わたしも死ぬ』くらいは言われたんだろうな。じっさい、アダンを殺したのはアガトーだ。いったん恨んだら、相手が死ぬまでゆるさない。ジェルマンを狙ったのは、自分の過去の罪を知られたかもしれないと疑ったせいだろう。万一のため口封じしておきたかった。そのくらい、執念深い女だ。そこで、アダンとその弟はなんとか、女から逃れたいと願った。二人で姿を消すために、ひと芝居打った。それが、あの奇術だ」
そこまで言われれば、奇術師のジェルマンにはだいたいを推測できたようだ。
「そうか。そういうことだったのか。アダンは双子の弟を助手にして、あの奇術をする予定だった。そして、奇術が失敗したていで、自分を死んだことにするつもりだったんだ。でも、どこかで手違いが起こり、ほんとに死んでしまった」
「馬が暴走したせいだろうな。さっきのは、おれの助言どおり、お芝居だったんだろう? 馬の制御ができなくなったふりして、自らから馬車をとびおりろと忠告したからだ。が、しかし、アダンはほんとに予定外に馬があばれて失敗してしまった。あれも、アガトーが犯人だろう。さっきのように、小道具のムチをすりかえたんだ。針が仕込まれていて、そのムチで打たれた馬はあばれだす」
うなだれ、つぶやいたのは、マルヴィアだ。
「じゃあ、父を殺したのは、さっきのアガトーなんですね?」
「おまえはジェルマンが殺したんじゃないかと疑い、近づいた。奇術のジャマをしたのは、ジェルマンの名声を落とすためだった。だが、父の復讐に殺そうとまでは思っていなかった」
マルヴィアはうなずく。
「だから、鍵がなくなったときはおどろきました。わたし以外にも誰かが奇術の妨害をしてる。それも、ジェルマンを殺すつもりで……そう思うと、怖かった」
ジェルマンはそっとマルヴィアの肩をたたく。
「もういいんだ。誤解は解けた」
「ジェルマン……」
泣きだすマルヴィアを見て、ワレスはとっておきの情報をつけくわえる。
「もしかしたら、奇跡は起こるかもしれないぞ? あの奇術でアダンが死んだと目されたとき、それはほんとにアダンだったのか? もしかしたら、弟のほうだったのでは? 死体は一人ぶんしかなかった。しかも、ベッサリーニは故郷に帰ってすぐ、誰かと結婚している」
ハッとマルヴィアが息をのむ。
「まさか……?」
「その男がアダンである可能性はすてがたい。しかし、生きているとわかると、またアガトーに狙われるので、死んだことにしておくしかなかった。マルヴィア。君は母の結婚相手に会ったか?」
マルヴィアは首をふる。
「母はわたしを実家に置いて、一人で出ていってしまったから……父が死んですぐに別の男と結婚した母を軽蔑していたの。でも、もし、そんな事情があったのなら……」
「故郷の母に会いに行ってはどうだ? なんなら、ジェルマンも休暇をとって」
二人の顔に笑顔が戻る。
*
二ヶ月後。
ジョスリーヌの寝室にて。
「ジェルマンから手紙が届いたわ。アダンと再会したのですってよ」
「ふうん。どうでもいいよ。朝は眠いんだ」
「ワレスったら、ジェルマンがいなくなって退屈だからって、だらけすぎじゃなくて? あの奇術会の日は輝いていたのに」
「おれに奇術をおぼえろとでも?」
ジョスリーヌは黙考した。
「あなたが奇術なんておぼえたら、手に負えなくなりそうだわ」
「たとえば、あなたの指から宝石を盗んだり?」
ワレスがひそかに隠しとった指輪を見せると、ジョスリーヌは目をみはった。
「いつのまに?」
「恋人に対して、女はいくらでもスキができるものさ」
「あなた、生まれつきの奇術師ね。ワレス」
猫をくすぐるような笑い声が、豪華なベッドのなかで重なりあう。
了
六月三十日今日現在で、まだ次の話が書きあがっていません。
明日、日曜日の更新はないかもです。日曜の朝10時の更新がなければ、この日の投稿はありません。
その場合は翌週の週末投稿になります。たぶん、そのころには書けているはずなので。




