奇術の殺人8
連行されるアガトーを見送り、ジョスリーヌは首をかしげる。
「何があったの? わたくし、わからないんだけど」
「それについては、おれが説明してあげよう。こっちへ」
馬屋番を去らせ、ワレスはジョスリーヌを屋敷のなかへエスコートした。ワレスがいつも使う例の一階の部屋だ。そこにはジェルマンとマルヴィアが来ている。関係者を集めて謎解きだ。
「まず、マルヴィはアダンの娘、マルヴィアだ。ベッサリーニとのあいだの」
「あらまあ! どおりでなんとなく似てると思った。なつかしいわ。ベッサリーニはとてもお話の楽しい人だったのよ。また戻ってきてほしいわ」
ジョスリーヌは感動している。が、ワレスは即刻、ジョスリーヌの気分に水をさす。
「それができないわけがあるんだ」
「そうなの?」
「アダンは半分ジゴロを生業にしてた男だ。なぜ、とつぜん、いつもとは違う脱出魔法をやろうなんて考えたんだと思う?」
「弟子のジェルマンに対抗したかったのかしら?」
「最初はそれもあったのかもしれないな。でも、そうじゃない。深いわけがあった」
ジョスリーヌばかりか、ジェルマンやマルヴィアまで神妙な顔つきで、ワレスの謎解きに聞き入っている。
「私も気になっていたんだ。もしかしたら、弟子の私のほうが重宝されだしたのが、アダンを追いつめたんじゃないかと。あの日の脱出マジックも、手伝おうと言ったのに、アダンは自分一人でやるからと聞き入れてくれなかった」
ジェルマンが苦悩の表情を見せる。
ワレスにはその理由がわかった。
「そう。あの奇術をおこなうには、必ず助手が一人必要だ。それも、なるべく背格好のよく似た助手が。遠目で見たとき、観客がアダンだと錯覚するていどには似ていなければならない」
「どうして?」と、ジョスリーヌがたずねてくるので、ワレスは説明した。
「あの奇術のタネは、こうだ。まず、奇術師は鎖に錠前をかけて、容易には馬車から離れられないと観客に思わせる。が、じつはひそかに鍵を持っているんだ。あるいは、ジェルマンほどの達人なら、関節をはずして鍵を使わず、鎖から脱出できる」
「そうだったのね」
ジョスリーヌはまったく疑ってもいなかったようだ。まったくお姫さま育ちだ。
「だから、馬車が欅の木に到達する前に、ほんとのところ、鎖は外しているんだ。そうだろ? ジェルマン」
ジェルマンは大切な奇術のタネを暴露されて、あまり嬉しくなさそうだ。しかし、ワレスの推察に感心してもいる。
「そこまでわかるなら、どうやって遠くの馬車から欅のブランコに、一瞬で戻れるかも言いあてられるんだろうな?」
「タネを見やぶってなければ、さっきの助言はできない。馬車のなかに、じつはもう一人、助手がひそんでいるんだ。欅のうしろを通りすぎるとき、つかのま、馬車は観客席から見えなくなる。あの瞬間に、奇術師は枝にとびうつり、隠れていた助手が奇術師のふりをして、そのままかけぬける」
ジェルマンは苦笑しつつ肩をすくめた。
「なんでもお見通しだな。私たち奇術師がけんめいに考えたタネをあっけなく」
「タネがわかっても、おれに奇術ができるわけじゃない。あれは肉体的にも、そうとう鍛錬していなければ不可能な技だ」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
ワレスは続ける。
「本来は馬車がそのまま退場し、すかさず、奇術師がブランコに現れる。ところが、アダンはその助手を、もっとも手近にいる弟子のジェルマンにさせようとしなかった。おかしいだろ? だったら、誰にさせるつもりだったんだ?」
ジェルマンには見当もつかないらしい。すると、なぜか、ジョスリーヌのほうが小首をかしげつつ、考えこむ。
「ねえ、ワレス。それって、もしかしてだけど、ときどきアダンが分身することと関係してる?」
「分身?」
「ほら、死ぬ前の人って魂が外にぬけだしてしまうって言うじゃない? わたくし、あれだったのじゃないかと思うのよ。客間で会ったばっかりなのに、わたくしよりさきに庭に来ていたり、おかしなときがあったわ」
「それはアダンが死ぬ少し前からだったんだな?」
「そうよ。だから、やっぱり魂ってあるのねって思ったものよ」
ワレスは笑う。ジョスリーヌのお姫さまかげんがちょっと可愛い。
「残念ながら、それはアダンの魂じゃない。アダンは双子だったんだ」




