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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 奇術の殺人

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奇術の殺人7

 *



 奇術が始まった。

 飾りたてたゲートに馬車がやってくる。


 御者台には目立つ真紅のマントをまとうジェルマンが立っていた。ゲートで観客にむかい手をふる。その手には鎖がからみつき、彼はその鎖のさきが御者台に固定されていることを仕草で強調した。かなり強くひっぱっても、その鎖は外れない。


 そして、弟子のマルヴィアが馬車に近づき、みなの見ている前で鎖に錠前をかける。これでジェルマンは完全に鎖で馬車につながれた。脱出はふつうの人間には不可能だ。


 このまま、出口にむけて馬車で走りぬける。出口も派手に飾られていて、その途中経路に欅の大木があった。


 観客たちは最初、入口のゲート近くにいたが、ジェルマンに錠前がかけられるとともに出口あたりへ移動するよう指示される。そこに観客席がもうけてあるので、皆は自然に用意された椅子にすわる。


「この演目なのね。大丈夫かしら? ジェルマン」


 ジョスリーヌはアダンが死んだときと同じ奇術だと気づき、不安げだ。だが、何も知らない観客たちはワクワクしながら、なりゆきを見守っている。


「ワレス」


 ワレスはジョスリーヌのとなりにすわっていたが、ジェイムズが手招きするので、観客席の端まで歩いていった。


「マルヴィからジェルマンの交友関係を聞いたよ」と、今さらのことを言うので、ワレスはこの純朴な友人が哀れになって、ポンと肩をたたいた。


「えっ? なんだい?」

「ジェイムズ。悪いけど、その段階はもうすぎさった」


 ジェイムズはわけがわからないふうで困惑する。


「えっ? どういうこと? せっかくマルヴィから聞きだした友達をあたって話をしたのに。酒場のポールとか、劇場の支配人とか、鳥屋のモーリスとか。ポールの話だと、ジェルマンがもっとも親しかったのは奇術師のアダンで、彼は双子だったというんだよ」


 馬耳東風で聞き流していたワレスは、そっとジェイムズの顔を見なおした。尻尾をふる犬みたいな笑顔がまぶしい。


「お手柄だぞ。ジェイムズ」

「ほんとかい?」

「たぶん、そうだろうとは思ってたが、これですべてが一つにつながった」

「じゃあ、犯人がわかったのかい?」


 犯人はとっくにわかっていたよと答える前に、ジェルマンの馬車がいよいよ動きだした。奇術の始まりだ。


「走りだしたぞ。ジェイムズ。話はあとだ」

「ああ、うん」


 馬車はゆっくりと走る。しかし、いくら侯爵家の裏庭が広いとはいえ、馬車でかけぬければ、またたくまだ。みるみるうちに欅のところまで来る。その一瞬、馬車は大木のかげに隠れた。観客席から見えなくなる。が、それは瞬間的なものだ。すぐに大きな幹の反対側から馬車が現れる。ちゃんとジェルマンも御者台に立っていた。


 そのとき、とつぜん、馬車をひく馬があばれだした。何かにおどろいたように制御がきかなくなる。暴走し、出口のアーケードにあやうくぶつかりそうになる。ジェルマンが馬車からふりおとされた。


 観客席から悲鳴がとびかう。召使いが右往左往した。椅子がころび、泣きだす者もいる。

 ジョスリーヌは失神しそうだ。ワレスはよろめくジョスリーヌを片手で抱きとめる。


「ワレス……どうしましょう。わたしの奇術師がまた亡くなってしまったわ」

「大丈夫。今日は特別に、おれが奇術を見せてやろう。死んだはずの奇術師がよみがえる」

「まあ、何を言ってるの? こんなときにふざけるのはいけないわ」

「問題ない」


 ワレスはてきとうに、それらしい呪文を唱えた。かつて神殿で神官見習いをしていたから、それらしい神聖語はお手のものだ。


「天に召されし魂よ。今ここに、ふたたびよみがえり、姿を現せ!」

 などと、両手を高くかかげて叫ぶ。

 すると、欅の枝にぶらさげたブランコがとつぜん、ゆれだした。その音にふりかえった人々は驚愕の声をあげる。


「な、これは……」

「なぜだ?」

「まあ、スゴイ! ほんとに奇術でよみがえった!」


 ブランコに立っていたのはジェルマンだ。

 ジョスリーヌが大きな安堵の吐息をもらす。


「ジェルマンはさっきまで馬車に乗っていたのに」


 皆の視線が馬車に戻ったときには、倒れた男は消えていた。馬もゲート前でマルヴィアがなだめ、おとなしくなっている。


「あら? これはどういうこと?」

「だから、奇術だよ」

「よくわからないけど、ものすごい奇術ね。ほんとに魔法だわ」


 ジョスリーヌは大喜び。

 観客たちも拍手喝采はくしゅかっさいだ。

 ワレスはきどったおじぎをしながら、見逃さなかった。ゲートのかげで、恨みがましくにらんでいる女を。


 女はやがて歩きだす。裏庭から立ち去ると、馬屋にむかった。女は馬屋番と言い争う。


「ちゃんと、わたしが頼んだムチを渡してくれなかったでしょ?」

「いいや、言われたとおりにやった」

「ウソばっかり。お金を返してよ」

「なんだよ。あんた、怪しいぞ。さっき、あのムチを使った奇術が失敗しかけたって話だが」

「そんなの、あんたには関係ないわ!」


 罵りあう男女の背後から、ワレスは姿を現した。


「やはりな。奇術に使うムチを盗んだのは、アガトー。あんただな?」


 ワレスのうしろにはジョスリーヌがいる。馬屋番はあわてふためいた。


「こ、侯爵さま。私はただ、この女に『奇術師がムチをなくしたら、これがかわりだから渡してくれ』と言われて、そのとおりにしただけでございます。なにとぞ、おゆるしを」


 馬屋番は平伏している。この男はほんとに事情を知らずに、小銭で利用されただけだろう。

 アガトーは言いわけなど通用しないと悟ったらしい。いちはやく逃げだそうとする。が、反対側には部下を従えたジェイムズが待ちかまえていた。


「ここまでだ。観念するんだ」


 アガトーは無言のままつれられていった。

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