奇術の殺人5
引退とは言っても、クロエはまだ三十代のなかばだ。皇都郊外の屋敷で子育てに追われている。
「まあ! あなたが侯爵さまの最近のお気に入りね。ウワサは聞いてるわ。やっぱり、侯爵さまは面食いね」
「ありがとう。ベッサリーニについて話を聞きたいんだが」
一刻かけて屋敷をたずねていくと、クロエは歓待してくれた。屋敷と言っても、当然、ラ・ベル侯爵邸とは雲泥の差だ。こじんまりとしている。庭もせまい。クロエは華やかな侯爵邸での暮らしをなつかしんでいた。
だから、こっちが黙っていても、次々に当時の話をしてくれる。
「ベッサリーニの恋人はたしかに、奇術師のアダンだったわよ。二人のあいだには子どもがいたくらいだもの。娘はクロエの実家にあずけてたみたいだけど」
「娘? 名前は?」
「えーと、なんだったかしら? 待ってね。思いだすから。それより、アダンはああ見えて悪い男だったのよ。ベッサリーニのほかに何人も女がいて」
「美男だったらしいからな」
「まあ、たいていはお小遣いかせぎよ。奇術の腕前より、そっちで稼いでいたんでしょうね。複数の貴婦人から養われていた」
どうやら、奇術師の副業はワレスと同業だったらしい。つまり、ジゴロだ。
「それでも、ベッサリーニとは仲がよかった?」
「嘘かほんとか知らないけど、アダンって没落した騎士の家柄だって吹聴してたわ。ベッサリーニはすっかり信じてたわね。同情しちゃってね。まあ、愛しあってたんじゃないかしら?」
なんとなく皮肉な物言いだ。
「あなたはアダンを好いてはいなかったようだな?」
クロエは笑った。
「女のウワサが絶えない人だったものね。うちの旦那さまみたいに、ちょっと鈍重なくらいがいいのよ」
「ああ、そう」
遠まわしのノロケだったらしい。が、急にクロエは笑みを消して、しかめっつらになった。
「なにしろ、しょっちゅう違う女といるところを見かけたわ。ほんとは二人いるんじゃないかと疑うくらい。ほとんどはお金目当ての貴婦人が相手だったけど、そういえば、一人だけ毛色の違う女がいたわね。よくいっしょにいるのを見かけたけど、たぶん、デキてたのよ」
「それは?」
「台所女よ。名前までは知らない。ちょっと遊んでやったら、しつこくてウンザリするとぼやいてたらしいわ。もちろん、ベッサリーニから聞いたんだけど。別れ話をもちかけても、つきまとってくるって」
やっぱり、という気がした。アガトーに違いない。
(アガトーはアダンにすてられて恨んでいたのか? しかし、それにしたって、ジェルマンを狙う理由にはならないが)
そこらへんはアガトーとちょくせつ対決してみるしかない。
しかし、せっかく一刻もかけて郊外まで来たのだから、もう少し収穫が欲しい。
「ベッサリーニは今、生家に帰っているんだよな?」
「ええ、そう」
「まだ独り身か?」
「あら、結婚したと手紙が来たけど」
「相手は?」
「そこまでは書いてなかったわ。でも、やっと、アダンのこと忘れたのねって、嬉しくなったから、よくおぼえてる」
「何年前?」
「生家に帰ってすぐあとよ」
「すぐ? アダンが死んでまもないのに?」
「世間体もあるし、親が勧めたんでしょ?」
「なるほど」
なんとなく納得できないが、クロエからはそのくらいしか情報を得られなかった。なんと言っても、ベッサリーニの故郷は遠い。手紙のやりとりも、だんだん疎遠になったのだという。
「あら、もう帰っちゃうの? ジョスリーヌさまはお元気? まあ、あなたみたいな人がそばにいるんだから、ご健勝よね。うちの子がもう少し大きくなったら、またお仕えしたいわ」
ほんとはワレスを帰したくないようすで、ずいぶんひきとめられたが、グズグズしてはいられない。しかし、クロエは最後にやっと、ベッサリーニの娘の名を思いだした。
「あっ、そうそう。たしかね、マルヴィアっていうのよ。ベッサリーニのおばあさんの名前をもらったんですって」
マルヴィア——
それによく似た名前の人物が関係者にいる。
「ありがとう!」
ワレスがクロエの手にキスすると、彼女はなおさら名残惜しげになった。
ワレスは急ぎ、ラ・ベル侯爵邸へとひきかえす。侯爵家の馬は名馬ぞろいだから、よく走ってくれた。
侯爵邸へ帰ると、ジェイムズがワレスを探してウロウロしている。
「どこに行ってたんだ。もうすぐ奇術が始まるぞ」
そうだった。夕刻前のまだ明るいうちに、外でやりたいとジェルマンがいうので、裏庭でパーティーをするのだ。
(アダンが死んだ裏庭で……イヤな予感がする)
もしや、その演目というのは、アダンが死んだ例の馬車とブランコの奇術ではなかろうか?




