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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 奇術の殺人

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35/60

奇術の殺人5



 引退とは言っても、クロエはまだ三十代のなかばだ。皇都郊外の屋敷で子育てに追われている。


「まあ! あなたが侯爵さまの最近のお気に入りね。ウワサは聞いてるわ。やっぱり、侯爵さまは面食いね」

「ありがとう。ベッサリーニについて話を聞きたいんだが」


 一刻かけて屋敷をたずねていくと、クロエは歓待してくれた。屋敷と言っても、当然、ラ・ベル侯爵邸とは雲泥の差だ。こじんまりとしている。庭もせまい。クロエは華やかな侯爵邸での暮らしをなつかしんでいた。

 だから、こっちが黙っていても、次々に当時の話をしてくれる。


「ベッサリーニの恋人はたしかに、奇術師のアダンだったわよ。二人のあいだには子どもがいたくらいだもの。娘はクロエの実家にあずけてたみたいだけど」

「娘? 名前は?」

「えーと、なんだったかしら? 待ってね。思いだすから。それより、アダンはああ見えて悪い男だったのよ。ベッサリーニのほかに何人も女がいて」

「美男だったらしいからな」

「まあ、たいていはお小遣いかせぎよ。奇術の腕前より、そっちで稼いでいたんでしょうね。複数の貴婦人から養われていた」


 どうやら、奇術師の副業はワレスと同業だったらしい。つまり、ジゴロだ。


「それでも、ベッサリーニとは仲がよかった?」

「嘘かほんとか知らないけど、アダンって没落した騎士の家柄だって吹聴してたわ。ベッサリーニはすっかり信じてたわね。同情しちゃってね。まあ、愛しあってたんじゃないかしら?」


 なんとなく皮肉な物言いだ。


「あなたはアダンを好いてはいなかったようだな?」


 クロエは笑った。

「女のウワサが絶えない人だったものね。うちの旦那さまみたいに、ちょっと鈍重なくらいがいいのよ」

「ああ、そう」


 遠まわしのノロケだったらしい。が、急にクロエは笑みを消して、しかめっつらになった。


「なにしろ、しょっちゅう違う女といるところを見かけたわ。ほんとは二人いるんじゃないかと疑うくらい。ほとんどはお金目当ての貴婦人が相手だったけど、そういえば、一人だけ毛色の違う女がいたわね。よくいっしょにいるのを見かけたけど、たぶん、デキてたのよ」

「それは?」

「台所女よ。名前までは知らない。ちょっと遊んでやったら、しつこくてウンザリするとぼやいてたらしいわ。もちろん、ベッサリーニから聞いたんだけど。別れ話をもちかけても、つきまとってくるって」


 やっぱり、という気がした。アガトーに違いない。


(アガトーはアダンにすてられて恨んでいたのか? しかし、それにしたって、ジェルマンを狙う理由にはならないが)


 そこらへんはアガトーとちょくせつ対決してみるしかない。

 しかし、せっかく一刻もかけて郊外まで来たのだから、もう少し収穫が欲しい。


「ベッサリーニは今、生家に帰っているんだよな?」

「ええ、そう」

「まだ独り身か?」

「あら、結婚したと手紙が来たけど」

「相手は?」

「そこまでは書いてなかったわ。でも、やっと、アダンのこと忘れたのねって、嬉しくなったから、よくおぼえてる」

「何年前?」

「生家に帰ってすぐあとよ」

「すぐ? アダンが死んでまもないのに?」

「世間体もあるし、親が勧めたんでしょ?」

「なるほど」


 なんとなく納得できないが、クロエからはそのくらいしか情報を得られなかった。なんと言っても、ベッサリーニの故郷は遠い。手紙のやりとりも、だんだん疎遠になったのだという。


「あら、もう帰っちゃうの? ジョスリーヌさまはお元気? まあ、あなたみたいな人がそばにいるんだから、ご健勝よね。うちの子がもう少し大きくなったら、またお仕えしたいわ」


 ほんとはワレスを帰したくないようすで、ずいぶんひきとめられたが、グズグズしてはいられない。しかし、クロエは最後にやっと、ベッサリーニの娘の名を思いだした。


「あっ、そうそう。たしかね、マルヴィアっていうのよ。ベッサリーニのおばあさんの名前をもらったんですって」


 マルヴィア——

 それによく似た名前の人物が関係者にいる。


「ありがとう!」


 ワレスがクロエの手にキスすると、彼女はなおさら名残惜しげになった。


 ワレスは急ぎ、ラ・ベル侯爵邸へとひきかえす。侯爵家の馬は名馬ぞろいだから、よく走ってくれた。


 侯爵邸へ帰ると、ジェイムズがワレスを探してウロウロしている。


「どこに行ってたんだ。もうすぐ奇術が始まるぞ」


 そうだった。夕刻前のまだ明るいうちに、外でやりたいとジェルマンがいうので、裏庭でパーティーをするのだ。


(アダンが死んだ裏庭で……イヤな予感がする)


 もしや、その演目というのは、アダンが死んだ例の馬車とブランコの奇術ではなかろうか?

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