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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 奇術の殺人

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奇術の殺人4



 尾行されているとは気づかずに、女が入っていったのは厨房だ。やはり、ラ・ベル侯爵邸で召し使われる下女のようだ。


 しょっちゅう屋敷に出入りしているとは言え、ワレスが接触するのは奥むきの侍女くらいだ。下働きの人物まですべて知りつくしているわけではない。こんな女がいたのだと初めて知った。


 女は年齢で言えば四十前後だろうか。ユイラ人にしては大柄なので、隣国六海州の血がまざっているのかもしれない。美人ではあるものの、生活の疲れが顔に出ている。


 女はたきぎを置き、今度は水をくみにかめを持って出ていった。

 ワレスはそのすきに、するりと台所に入りこむ。なかには複数人の女がせわしなく働いている。今日はパーティーがあるので、ことに忙しいようだ。


「すまないが、話を聞かせてくれないか?」


 ワレスが声をかけると、年齢はまちまちの女たちが全員、とたんに赤くなる。若い娘にいたっては悲鳴をあげた。


「キャー。いやぁ、ハンサム。侯爵さまの《《大切なお客さま》》ね。近くで見ると、ものすごい麗しい。さすがは侯爵のお客さま! わたしたちの男友達とは水準が違うー!」


 台所女にしてはボギャブラリーに富んでいる。私塾で読み書きが得意だったに違いない。ワレスをハッキリと侯爵の愛人と言わないところも好ましい。奥むきの侍女としてもやっていけるのではなかろうか?


「さっき、ここに、たきぎを持ってきた女がいただろう? 彼女の名前は?」

「こ、声をかけられてしまったー!」


 頭はいいのだろうが、若いので理性がきいてない。しかし、これが通常の女の子の反応だ。むしろ、マルヴィが変なのである。


「も、申しわけございません。この子はまだ小娘でして」


 あわてて、あいだに入ってきたのは台所長のメラニーだ。この女はたまに料理長とともに給仕に出てくるので、ワレスも見知っている。


「それで、たきぎの女は?」

「アガトーですね」

「この屋敷に長くいるのか?」

「アガトーがこの娘くらいの年から働いております」と、さっきのにぎやかな女の子をさす。つまり、二十年は屋敷にいる。


「働き者なのか?」

「ふつうでございますよ。とくに問題はありません」


 それにしては、さっきワレスに送ってきた視線は気になる。敵意とまでは言わないが、あきらかにふくんだものがあった。


「アガトーは独り身か? それとも家族で仕えているのか?」


 家族全員が一つの邸宅に住みこみで働いていることは少なくない。父は庭師、母は台所女、息子は馬丁、娘はお針子というように。が、アガトーは独身だという。


「めずらしいな。好きな男はいなかったんだろうか?」


 メラニーはワレスにむかって手招きする。ほかの女たちに聞こえないよう、すみまで来ると小声で告げた。


「若いころ、いっしょになる約束をした恋人があったらしいんですよ。わたしもくわしくは存じませんが、相手が死んじまったらしくてね」

「死んだ?」

「なんでも馬車の事故で」

「馬車の……」


 気になるキーワードだ。馬車で事故を起こして死んだ奇術師の話をジョスリーヌから聞いたばかりだ。


「その相手はアダンじゃないだろうな?」

「アダン? 十年前に死んだ、あの奇術師の? アダンは違うでしょう。彼は侯爵さまのお相手じゃないか、なんてウワサされてましたがね。ほんとのところは、侍女のベッサリーニさまと恋仲でしたもの」

「ベッサリーニか。おれは会ったことないな。引退したのか?」

「アダンの事故があったあと、故郷に帰ったって話ですねぇ。侯爵さまがたくさん見舞金を賜って」

「ベッサリーニの故郷はどこだ?」

「たしか、ルイド太公領の近くですよ」


 近郊なら行ってみて話を聞きたいと思ったが、ずいぶん遠くだ。皇都から気軽に行ける距離ではない。往復でひと月はかかる。


「ベッサリーニと親しかった者は?」

「それなら、同じころ侍女をしていた、クロエさまでしょうね。今は騎士のルワンダさまと結婚なさって、引退されています」


 ルワンダの実家で暮らしているという。その屋敷は皇都のなかにあったので、訪問できそうだ。


 ワレスは礼を言って台所を出た。ちょうど入れ違いにアガトーが帰ってきた。ワレスはそれを離れた場所から確認する。

 アガトーはまだ自分が疑われているとは思っていないだろう。本人の話を聞くのは、先延ばしにした。もう少し証拠を集めてからにしたい。

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