奇術の殺人2
ジェルマンに自分の演技を失敗させる理由はどこにもない。観客の誰かをまきこんでいれば、ジェルマン自身が復讐のために失敗を演じているとも考えられるのだが。
「誰かに恨まれているおぼえはあるか?」
聞くと、ジェルマンは首をひねった。
「さあ、とくにないと思うが……」と言いつつ、なんだか表情は冴えない。
ことによると、心あたりがあるのかもしれないと、ワレスは思った。しかし、かんたんに口を割りそうにない。
「ふうん。まあ、てきとうに調べてみるさ」
そう言って、ジェルマンと別れた。いちおう、奇妙なことが起こったという日付けと場所は手帳にひかえておいた。正確に言えば、ひかえたのはジェイムズだが。
「ワレス。奇術師が不思議がるなんて、なんだか先行きが心配になってくるな。まあ、君ならかるく解決してくれるんだろうが」
なっ、そうだろう? と言わんばかりのキラキラした目で見つめられて、ワレスは急に照れくさくなった。自分のなかで、やる気が真夏の入道雲より高く湧きあがるのを感じたからだ。
「まず、ジェルマンは何かを隠している。ほんとは心当たりがあるんだ。ということは、彼をよく知る人物から話を聞く必要がある」
「わかった。あの弟子だな?」
「それに家族がいれば、家族にも。ジョスなら知ってるかな? ジェルマンの交友関係」
「では、その二人から調査しよう」
最初に弟子の少女をたずねた。侯爵家の広い庭で、何やらお芝居のかきわりみたいなものを組みたてている少女を見つけた。
「何をしているんだ?」
「なんですか? わたし、師匠に言われた準備で忙しいんですけど」
信じられない。この年の女の子なら、ひとめでワレスにメロメロになるのに、邪魔者あつかいされた。もしかしたら、少女は近眼なのかもしれない。
「マルヴィだったな。おまえの師匠に頼まれて調べているんだ。協力してくれなくては困るな」
「しょうがないですね」
マルヴィはワレスの美貌を見ても何も感じないらしい。そうとう気が強い。あるいは、すでに好きな男がいる。
「おまえ、ジェルマンの弟子らしいが、奇術もするのか?」
「しますよ。奇術師の弟子が奇術を学ばなくてどうするんです?」
「……」
あまりの鼻っぱしらの強さに、ワレスが肩をすくめると、ジェイムズがクスクス笑った。
「君が女の子をもてあましてるところなんて、初めて見るな」
「そう思うなら、おまえがやってみろよ」
「いいとも。これでも、本職だ」
ジェイムズは裁判所が独自に持つ調査期間の役人だ。本来なら、こういった調べはジェイムズの役割である。
「では、レディ。話を聞かせてもらえますか? あなたの師匠を助けると思って」
ジェイムズが丁寧に頼むと、マルヴィはしかたなさそうに手を止めた。
「わかりました。なんでも、どうぞ。そのかわり急いでくださいね」
ジェイムズはジェルマンが悩んでいることを知っていたか、その内容を聞いたかとたずねた。
「もちろん知っています。演目はわたしも手伝っていますから。たびたび、小道具に細工がしてありました。たいていは奇術が失敗するだけですが、なかにはほんとに危険なときもありました」
「鎖の鍵が消えていたときだな?」
「……」
ワレスがたずねると、とたんにマルヴィは黙りこむ。美形緘黙症でもわずらっているのだろうか?
「その道具を見せてもらえるか?」
「それはできません。大事な商売道具ですから。タネがバレるといけません」
まあいい。小道具はジェルマン自身に頼めば、きっと見せてくれるだろう。
「じゃあ、おまえから見て、師匠に恨みを持っていそうな人物を知らないか?」
「……」
ジェルマンが示したのと同じ戸惑いを、マルヴィも見せる。どうやら、二人共通の知人が容疑者らしい。
しかし、口に出しては、
「師匠は恨まれるような人じゃありません」と、とりつく島もない。
「わかった。では、ジェルマンに家族は?」
「……師匠は独り身ですよ。故郷に年とったお母さんはいるようですが、お兄さんがめんどうを見てるって話です」
ジェルマンはいくつだろう?
ユイラ人は他国人にくらべて老けにくい。いくつになっても二十歳すぎのように若々しく見えるので、本人にごまかすつもりがあれば、二十代とでも言い続けられる。
それでも、ワレスの見た感じだと、ジェルマンは少なくとも三十代のなかばではないだろうか?
皇都に巣食う夢追い人なら独り身でもおかしくない年齢だ。恋の一つや二つはしているだろうが。
「じゃあ、ジェイムズ。交友関係について、マルヴィに聞いておいてくれ。おれはジョスのところへ行ってみる」
マルヴィはジェイムズに任せておいたほうがよさそうだ。ワレスが相手だと、どうも口がかたくなるらしい。
師匠と弟子。
両方が隠している秘密とは?




