静寂の森3
「殺した?」
たずねると、老人はただ一度だけうなずいた。
それきり何も言わないので、ワレスは気味が悪くなった。
どうにも困った。一つ家に人殺しが二人そろったわけだ。これではウカウカ寝ていられない。
ワレスが緊張していると、老人は静かな声で語りだす。
「わしは昔、ある貴族のお屋敷に庭師としてお勤めしていた。そこでな。サンドリーヌに出会った。サンドリーヌは誰が見ても思わずふりかえってしまうほどのものすごい美女だった。当時はまだ少女と言ったほうがよかったか。頭もよくて、手先も器用でな。美しい衣服や宝石をまとうためにだけ生まれてきたかのような娘だった」
ワレスは細密画に視線を送った。
老人がうなずく。
「その女だ。神が幸福のすべてをあたえるために生まれたような女だ。だが、一つだけサンドリーヌは生まれつきに持たないものがあった」
「富か?」
「さよう。サンドリーヌはお屋敷の誰よりも美しく生まれたが、ただの台所女の娘にすぎなかった。父は早くに亡くなり、子どものころから母を手伝っていた。いつもお屋敷の姫君の豪華なドレスをうらやましそうに見ていたよ」
「だが、とびきり美しい」
「そこが問題だった。サンドリーヌ自身も自分の美貌をよくわきまえていた。彼女が十五、六になると、まわりじゅうの男がさわいだもんだ」
「だろうな」
老人のたあいない思い出話のようだが、それが殺人につながるというのだから、油断はできない。しかし、美しすぎる貧しい女の将来は、ワレスでなくても予想がついた。
「彼女をとりあいで争いが起きる。または金持ちの愛人になった。そのどちらかだな?」
老人はそうだとも違うとも言わずに話を続ける。
「わしは庭師の息子だった。同じ屋敷でサンドリーヌとともに育った。幼なじみというやつだ。子どものころはよくケンカもしたが、それ以上にいつもそばにいた。兄妹みたいにな。わしはサンドリーヌができない力仕事を代わってやり、サンドリーヌはわしの苦手な手先の作業をやってくれた。大きくなったら結婚しようと誓っていた」
なるほど。美しく成長して裏切った幼なじみを殺してしまったのか。思っていたより単純な事件だった。
だが、それにしても、なぜ、赤の他人のワレスに、老人は過去の失恋話など語って聞かせるのだろう? それも、最後は殺人におよんだというのだ。
ワレスは案じた。
もしかしたら、老人は死ぬ前に誰かに懺悔したくなったのかもしれない。見たところ、かなりの老齢だ。いつ死んでもおかしくない。ただ秘密を明かして身軽な心地で死を迎えたいというだけなら、かまわない。
問題はそうではなかったときだ。たとえば、死ぬ前にスッキリしてはおきたいが、さりとて秘密を世間に暴露したくはないという場合。一人殺した人間にとって、二人殺すのは、一人も殺したことのない人間より、殺人に対する敷居が、はるかに低い。
ワレスは迷い人だ。ここに来るとは誰にも言っていない。老人が秘密を明かしたあと、殺して森のどこかに埋めたとしても、誰にも知られない可能性が高い。
もちろん、ジョスリーヌは行方を探すだろう。でも、それは最初のうちだけだ。もともと、ワレスが風来坊であるとジョスリーヌは承知している。いつかは遠くへ旅立ってしまうだろうことを。それが今日だったと勘違いしてもおかしくはない。
(マズイな。老人が変な気を起こさないでくれたらいいんだが)
剣は持っているから、ワレスにだって反撃はできる。だが、すでに食べたパンやチーズに毒が盛ってあれば今さら注意しても遅いのだ。
ワレスが黙っていると、老人はさらに話を進める。
「だが、成長すると、サンドリーヌはお屋敷の伯爵に見初められ、第二夫人に望まれた。夫人と言ったところで、ていのいい愛人だ。それでも、サンドリーヌが幸せなら、それでもよかった」
おかしい。老人が女を殺すんじゃなかったのか?
変に思ったが、とりあえず沈黙を守って聞いている。
「そのころがサンドリーヌのもっとも幸せなころだったろう。伯爵の寵愛を一身に受けて、贅沢ざんまいだった。絹や毛皮やレースをたっぷり使ったドレスを夜会のたびに新調して、王侯のごとくふるまった。美しかった。だが、美しすぎた。奥方の嫉妬を買ってしまったんだ」
それも予想できる範疇だ。女同士の争いはいつの時代でも熾烈なものと相場は決まっている。
「それで?」
「つきっきりで見ていたわけじゃないからな。くわしくは知らんが、わしが気づいたときには、サンドリーヌは間男を作ったことになっていた。伯爵さまは高齢だったからな。今のわしよりは若かったが。奥方さまの策略にハメられたんだ」




