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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第八話 静寂の森

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静寂の森2



 以前に迷ったときは、屋敷へむかう途中で狩小屋があった。

 だが、今回はオージュベール邸から、かなり離れている。そうとうに深く、森の奥まで入りこんでいた。狩りのあいだ、地図とにらめっこしていたわけではないから定かではないが、おそらく、オージュベール家とは反対側の森の出口に近いだろう。


(これなら、ムリにオージュベール家に戻るより、となり街をめざしたほうが早いかもしれないな)


 狼の餌食になりたくなければ、できるだけ早く人間の住む世界へ戻らなければならない。森をつっきって、となり街へ行くには、たしか馬で一日だった。半日ほど我慢して空腹に耐えれば、どこかの街へはたどりつく。


 そう考え、馬を常歩で歩かせてまもなくだ。木々のあいだに屋根が見える。小さいが、狩り小屋だろうか。

 今にも雨が降りそうだったので、ワレスは馬の歩調を速め、その建物をめざした。


 生垣のように数本の大木にかこまれて、その建物はあった。やはり、狩小屋だろう。こんな森の奥に人が住んでいるとは思えない。水と食料が置いてあれば助かる。今夜はそこで休み、明日、晴れてから出かけようと、ワレスは思った。


 だが、馬を軒下の柱につなぎ、扉をあけたとたん、ワレスは自分の思い違いに気づいた。なんと、人がすわっている。


「失礼。てっきり狩小屋だと思ったので」


 雪のような白髪に、着古した茶色の革の上衣。さっきの老人だ。暖炉の前から動かない。ワレスのほうを見ようとすらしない。


 だが、立ち去るには、そのとき雨が降り始めていた。今から街まで行くには、かなりのあいだ、ぬれていかなければならないだろう。

 謝礼を少し渡せば問題ない。こんな森の奥で金には不自由しているだろうから。


「一晩、泊めてくれないか? あいにくの雨のなか、迷ってしまった。お礼は渡す。銀貨五枚でどうだ?」


 老人は答えない。耳が聞こえないのかとあやぶむ。

 ワレスが再度、口をひらきかけたとき、老人は物憂げにうなずいた。いちおう聞こえてはいるらしい。

 森のなかに一人で暮らしているなんて、とんだ厭世えんせい家だ。人と交流したくないだけかもしれない。


 まあいい。これでは夕食は望めないだろうが、少なくとも一晩、雨はしのげる。それだけで充分だ。


 とはいえ、小さな家だ。オージュベール家の狩小屋のほうが広くて立派だった。あっちは葡萄酒も保管されていたし。

 ここにはベッドすらない。たぶん、老人自身、ゆいいつ置かれた椅子で寝ているのだろう。

 宿泊代を払うにしても、老人に床で寝ろとはさすがに言えない。ワレスはいかにもムカデやネズミのはいまわりそうな砂利っぽい床をながめて、ため息をついた。


 マントを外し、そこによこになろうとしたとき、老人が急に声をかけてきた。


「なんか食うかね?」

「いただけるなら」


 老人はうなずいて、戸棚をガタガタとあさる。

 そのあいだ、ワレスはなんの気なしに室内をながめた。小さなタンスの上に細密画が飾られていた。若い女が描かれている。ユイラ人は基本的に容姿端麗だが、絵の女はとくに美しい。なんとなく、さっきの墓のレリーフに似ている。

 しかし、家のなかに女が住んでいる気配はなかった。食器の数や日用品が一人ぶんしかない。


 そこへ家主が皿を手に戻ってくる。皿の上にはかたそうなパンとチーズ。片手には安いザマ酒の瓶も持っていた。おそらく、この家では最高のもてなしに違いない。


「ありがとう」


 礼を言って、予想どおり、カチカチのパンを手でちぎる。歯を立てようものなら、歯のほうがこぼれおちそうだ。

 これは日持ちするよう、わざと固く焼かれた旅に携帯するパンである。きっと月に一度か二度、近くの街まで買いに行くのだ。


 ジェイムズたちはあの鹿をしとめただろうか?

 今夜は鹿肉だと言っていた。やわらかな桃色の肉に塩と胡椒こしょうをたっぷりふって、口いっぱい頬張っているであろう友人たちを思うと、ため息しか出ない。


 しかし、これでも何も食えないよりはいい。ガキのころはそんな夜をいくつもすごした。


 ワレスが簡素な食事に文句一つ言わず、ゆっくりかんで味わっていると、老人はもとの椅子に腰かけながら、またしゃべった。無口で無愛想に見えたものの、やはり人恋しいのであろうか。


「あんた、ここに来る前に墓を見なんだか?」


 老人が手をあわせていたいた、あの石碑だろう。


「ああ。見たよ」と、素直に答える。そのせいで仲間とはぐれたのだから。


 すると、老人は満足そうにうなずき、さらに衝撃的な一言を告げた。

「あそこには、わしが若いころに殺した女が眠っているんだ」


 ワレスは一瞬で硬直した。

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