静寂の森1
この話から新作です。
オージュベール伯爵家のお家騒動については、いつか中短編を集めた話に載せます。ただ、今回のネトコンには出さないので(まにあわない)、来年とかになると思いますが。
「まいったな」
ジョスリーヌに誘われて、ラ・ベル侯爵家の親戚が所有する森に狩りに来た。以前、お家騒動を解決してやったオージュベール伯爵家だ。
しかし、狩りのさなかに一人だけはぐれてしまった。
領地はさほど広くないが、とにかく森だけはやけに広大なのだ。
以前は狩りを楽しむヒマがなかったので、森に入ったのは一度だけ。しかも、そのときも迷ったのだった。
(どうするかな? 日が暮れる前には屋敷に戻らなければ)
ユイラがいくら安全で豊かな国でも、森をうろつく熊や狼まではさけられない。剣も弓矢も持ってきてはいるものの、できれば猛獣と遭遇したくはない。
そもそも、はぐれたのにはわけがあった。
紅葉の金色に染まる森はたいそう美しく、それだけでも目をうばわれそうだったのだが、狩りにつどう騎士のほか、誰もいないはずの無人の森に、ワレスは人影を見た。街の民が秋の恵みをひろい集めに来ているのだろうか?
しかし、ここは領主の森だ。狩りが催されていれば、角笛の音でわかる。領民が入ってくるとも思えないのだが。
白髪の年老いた男のようだ。しばらくすると、男は消えた。
「ジェイムズ。あそこに人がいる」
となりで愛馬を走らせる友人に声をかけるものの、ジェイムズは皇都ではできない野生的な楽しみに心から興じていた。
「えっ? なんだい? あっ、鹿だ。ワレス。今日は鹿肉だぞ」
とびだしてきた鹿を夢中で追っていく。オージュベール伯爵やその騎士たちも同じくだ。
男にとって狩りとはそれほどに楽しい遊びなのだ。たしかに、新鮮な肉をたらふく食べられるのは嬉しい。が、ワレスにとって狩りはめんどうな食料確保手段にすぎない。天涯孤独で世界をさまよっていた子ども時代に、野原のウサギや狐をさんざん追いかけたので、そういう行為はすでに飽き飽きだ。
それで、さっき見かけた老人が何をしているのか確認するため、一人みんなとは逆方向に馬の鼻先をむけ、木立ちのあいだに入っていった。
このあたりだったなと思うが、老人の姿は見えない。幻だったのだろうか?
何しろ、ありとあらゆる黄色とオレンジと赤のバリエーションを誇る紅葉の森は、たえず落ち葉が舞い、枯れ葉がふりつもり、生物の気配をかきけしてしまう。風の音だけが、かっこたる存在感を持っていた。
たとえば、白い頭で茶色の体毛の獣だったとか? 熊なら二足立ちする。
ワレスは人影を見たとおぼしきあたりで馬をおりると、枯れ葉のなかを歩きまわる。しばらくして、銀杏の大木のもとに小さな石を見つけた。
小さいとはいえ、それはあきらかに人工の石碑だ。天使のよこがおのレリーフは自然の力で形成されるとは思えない。それを彫りあげた何者かがいるはずだ。
(石碑。墓か。こんな森のなかに?)
それはふつうなら、ありえない。
ユイラの人間は否応なく、生まれたときからユイラ神教だ。生まれてから死ぬまでユイラ十二神の手のなかから逃がれられない宿命にある。墓所は死と安寧の神であるデリサデーラの神殿か、その近辺で管理される区域にある。行き倒れでさえ無縁墓所に葬られるというのに、森のなかに埋められた人物がここで眠っているというのだろうか?
これほど森林の奥地では祈りに来てくれる者もいないだろうし、それこそ獣に死体をほりかえされ、食われてしまいかねない。
地面には枯れ葉のあいだから無数のキノコが生えていた。やけに墓の前に多い。動物の骸を栄養分にして繁殖する種類の毒キノコだ。たしかに、この下に死体がある。
ワレスはなんとなく、その墓前にひざまずいて祈った。自分が死んだとき、祈りを捧げてくれる人はいないかもしれない。ワレスの死に場所も、どこかの森のなかかもしれないと考えたからだ。
今はいい。ジョスリーヌもいるし、ジェイムズだっている。でも、彼らとは一生つきあうわけではない。近い将来、必ず、ワレスは彼らのもとを去る。去らなければならないのだ。
(おれといると、死ぬからな……)
今はまだワレスが彼らを本気で愛してはいないからいいのだ。気楽な友人以上恋人未満の関係。
だから、ワレスの運命をつかさどる残酷な女神は、彼らの命をたおやかな指でつみとろうとはしない。
いつか、どこかへ旅に出る。
それが今ではないというだけ。
そんな思いにひたっていたので、狩りの仲間がどんどん離れていってしまったことに、ワレスは気づかなかった。
しばらくして、我に返ったときには一人になっていた。角笛の音も猟犬の声も聞こえない。
さっきまで晴れていたくせに、急激に天気がくずれてくる。雨雲が空を覆う。
これではオージュベール伯爵邸のある方向さえわからない。
困った。
感傷にふけっている場合ではなかった。




