お菓子の家の魔女3
翌朝、ジェイムズが迎えに来た。
ワレスの自宅も一つめと二つめの市場のまんなかあたりにある。ワンルームの集合住宅だが、共有の中庭があり、心地よい風が通る。
「ワレス。あの子たちが心配だ。早くなんとかしてやろう」と言うジェイムズに、
「ガラの悪い男が来るのは夜中なんだろう? 昼間は問題ないよ」
「えっ? じゃあ、昨日の夜はどうだったんだ?」
「それも大丈夫」
「どうして?」
「たぶん、昨日は一晩じゅう飲んだくれてたから」
「ふうん?」
だが、たしかに油断はできない。兄妹の父親のあのようす。あいつはろくでなしだ。何事か起こる可能性はある。
しょうがなく見張りを続けることにする。
女の近所で情報も集めた。それによると、女の名前はクロディーヌ。家族とは死別。魔女というウワサもあるが、無愛想というほか、とくに悪い評判はない。だが、深夜にガラの悪い男が出入りするのを見た、という者は何人かいた。
「やはり、夜だな。何かあるとしたら」
「人買いの男が来るんだな。わかった。見張ろう」
「おまえは役所の仕事があるんだからいいよ」
「君を一人にさせておけない」
なんていうので、ジェイムズと毎晩、その家を監視した。
役所の仕事と夜の見張りとの二重生活で、ジェイムズのアクビが止まらなくなったある夜。
ついに、それは起こった。
よごれた服を着た目つきの悪い男がやってきて、ドンドンとクロディーヌの家の扉をたたく。
「来たぞ。ワレス。人買いだ」
「人買いね」
運がいい。今日はジェイムズの部下のパトリスとロマンもつれてきている。
なかから、クロディーヌが扉をあけて男を入れた。が、しばらくして、言い争う声が響く。
「ウルサイな! 出せよ」
「ないったらないよ!」
「どっかに隠してるんだろ!」
「そう思うんなら、どこでも探せばいいだろ」
ジェイムズの顔色が変わる。
「ワレス。子どもを探してるんだ」
「子どもか」
「男があばれてる!」
それはたしかなようだ。家のなかで物を壊す音が続く。
ワレスたちは家内に乗りこんだ。
室内はわずかのあいだに、ものすごい荒らされようだ。クローゼットや長持ちから、服がひっぱりだされて散乱している。ベッドの下の収納も全部あけられていた。テーブル上の小箱や文箱は床に落ちて壊れている。
「ちくしょう! どこに隠してやがるんだ。親父の遺産がまだまだあるはずだ!」
「どこにもないよ!」
「そんなわけあるか!」
「おまえの借金を返すために、全部使ったんだよ。この大バカ者が!」
今にも女になぐりかかろうとする男を見て、ジェイムズが止めにかかる。ワレスはもっと端的に、男の背中にとびげりを放った。男がふっとんで床で伸びる。
「ジェイムズ。強盗の現場だ。この男を留置所へつれていけ」
「わかった」
ジェイムズは部下に命じて、男をつれていかせる。
男がいなくなったところで、ワレスは告げた。
「さっきの男は、あんたの実の息子なんだろう?」
クロディーヌは体の中身が全部、空気になってぬけていくような大きなため息を吐きだす。
「まったく、とんだ放蕩息子で」
「いいのか? あのままだと強盗として裁かれる」
「甘やかしすぎたんですね。もうどうやっても真人間にはならないんです。遅すぎるかもしれないけど、自分の力だけで、どうにかやってくしかないって、これでわかるでしょう」
ジェイムズはちんぷんかんぷんのようだ。
「えっ? えっ? ちょっと待ってくれよ。息子? 人買いじゃなかったのかい?」
ワレスは説明した。
「ジェイムズ。そもそも今回の件に、人買いも、人さらいもいないんだ。だって、あの男が人買いなら、この家から出ていくとき金をにぎってるのはおかしい。子どもとひきかえに金を渡すほうなんだから」
「たしかに」
「あの男はクロディーヌにたかって金をむしりとっていく相手だ。よく見てれば、この窓から見える家族の肖像。さっきの男の若いころだろう? こっちがクロディーヌ。つまり、親子なんだとわかる」
ワレスは壁にかけられた肖像画を指さした。
現在は年をとり、すさんでもいたが、男がまだ二十歳前後の青年だったころの絵だとわかる。
「えっ? でもそれじゃ、あの子どもたちは?」
「人さらいなら、とっくに縛って物置にでも入れてるさ。あれは、クロディーヌの孫なんだ。もっとも、兄妹はそんなこと知らないだろうが」
「えっ? 孫?」
先日、兄妹が帰ったボロ家から出てきたのは、まちがいなく、さっきの男だった。あれが兄妹の父ならば、クロディーヌにとっては孫にあたる。
クロディーヌは嘆息しつつ告白する。
「息子に金をやっても酒代や賭博に消えてしまいますからね」
「だから、孫たちを働かせて、賃金の代わりに飴をあたえていた。金を渡せば息子にとりあげられるからだ。お菓子なら、少なくとも兄妹の口に入る」
「うちはね。昔はかなり裕福だったんですよ。老舗の菓子屋でね。でも、夫が死んだあと、息子はろくに働かなくてね。店の金を持ちだして遊んでばかり。みるみるうちに店は傾き、商売をたたむしかなかった。そのあともずっとフラフラして、店や屋敷を売ったお金もどんどんなくなって。だから、孫たちには厳しくしたんです。どこに行っても働けるように、掃除や皿洗いの基礎を教えこみました」
ワレスは考えこむ。
「さっき、老舗の菓子屋だったと言ったよな? もしかして、八年前につぶれた『お菓子の家』か?」
「そうですよ」
「レシピのいくつかを売りに出したという話だな。それでもまだ秘蔵のレシピが残っているはず。おぼえているか?」
「もちろん」
「じゃあ、いい考えがある」
ワレスの言葉を聞いて、クロディーヌは微笑んだ。




