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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第七話 お菓子の家の魔女

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お菓子の家の魔女3



 翌朝、ジェイムズが迎えに来た。

 ワレスの自宅も一つめと二つめの市場のまんなかあたりにある。ワンルームの集合住宅アパルトマンだが、共有の中庭があり、心地よい風が通る。


「ワレス。あの子たちが心配だ。早くなんとかしてやろう」と言うジェイムズに、

「ガラの悪い男が来るのは夜中なんだろう? 昼間は問題ないよ」

「えっ? じゃあ、昨日の夜はどうだったんだ?」

「それも大丈夫」

「どうして?」

「たぶん、昨日は一晩じゅう飲んだくれてたから」

「ふうん?」


 だが、たしかに油断はできない。兄妹の父親のあのようす。あいつはろくでなしだ。何事か起こる可能性はある。

 しょうがなく見張りを続けることにする。


 女の近所で情報も集めた。それによると、女の名前はクロディーヌ。家族とは死別。魔女というウワサもあるが、無愛想というほか、とくに悪い評判はない。だが、深夜にガラの悪い男が出入りするのを見た、という者は何人かいた。


「やはり、夜だな。何かあるとしたら」

「人買いの男が来るんだな。わかった。見張ろう」

「おまえは役所の仕事があるんだからいいよ」

「君を一人にさせておけない」


 なんていうので、ジェイムズと毎晩、その家を監視した。

 役所の仕事と夜の見張りとの二重生活で、ジェイムズのアクビが止まらなくなったある夜。

 ついに、それは起こった。


 よごれた服を着た目つきの悪い男がやってきて、ドンドンとクロディーヌの家の扉をたたく。


「来たぞ。ワレス。人買いだ」

「人買いね」


 運がいい。今日はジェイムズの部下のパトリスとロマンもつれてきている。


 なかから、クロディーヌが扉をあけて男を入れた。が、しばらくして、言い争う声が響く。


「ウルサイな! 出せよ」

「ないったらないよ!」

「どっかに隠してるんだろ!」

「そう思うんなら、どこでも探せばいいだろ」


 ジェイムズの顔色が変わる。

「ワレス。子どもを探してるんだ」

「子どもか」

「男があばれてる!」


 それはたしかなようだ。家のなかで物を壊す音が続く。


 ワレスたちは家内に乗りこんだ。

 室内はわずかのあいだに、ものすごい荒らされようだ。クローゼットや長持ちから、服がひっぱりだされて散乱している。ベッドの下の収納も全部あけられていた。テーブル上の小箱や文箱は床に落ちて壊れている。


「ちくしょう! どこに隠してやがるんだ。親父の遺産がまだまだあるはずだ!」

「どこにもないよ!」

「そんなわけあるか!」

「おまえの借金を返すために、全部使ったんだよ。この大バカ者が!」


 今にも女になぐりかかろうとする男を見て、ジェイムズが止めにかかる。ワレスはもっと端的に、男の背中にとびげりを放った。男がふっとんで床で伸びる。


「ジェイムズ。強盗の現場だ。この男を留置所へつれていけ」

「わかった」


 ジェイムズは部下に命じて、男をつれていかせる。

 男がいなくなったところで、ワレスは告げた。


「さっきの男は、あんたの実の息子なんだろう?」


 クロディーヌは体の中身が全部、空気になってぬけていくような大きなため息を吐きだす。


「まったく、とんだ放蕩ほうとう息子で」

「いいのか? あのままだと強盗として裁かれる」

「甘やかしすぎたんですね。もうどうやっても真人間にはならないんです。遅すぎるかもしれないけど、自分の力だけで、どうにかやってくしかないって、これでわかるでしょう」


 ジェイムズはちんぷんかんぷんのようだ。


「えっ? えっ? ちょっと待ってくれよ。息子? 人買いじゃなかったのかい?」


 ワレスは説明した。


「ジェイムズ。そもそも今回の件に、人買いも、人さらいもいないんだ。だって、あの男が人買いなら、この家から出ていくとき金をにぎってるのはおかしい。子どもとひきかえに金を渡すほうなんだから」

「たしかに」

「あの男はクロディーヌにたかって金をむしりとっていく相手だ。よく見てれば、この窓から見える家族の肖像。さっきの男の若いころだろう? こっちがクロディーヌ。つまり、親子なんだとわかる」


 ワレスは壁にかけられた肖像画を指さした。

 現在は年をとり、すさんでもいたが、男がまだ二十歳前後の青年だったころの絵だとわかる。


「えっ? でもそれじゃ、あの子どもたちは?」

「人さらいなら、とっくに縛って物置にでも入れてるさ。あれは、クロディーヌの孫なんだ。もっとも、兄妹はそんなこと知らないだろうが」

「えっ? 孫?」


 先日、兄妹が帰ったボロ家から出てきたのは、まちがいなく、さっきの男だった。あれが兄妹の父ならば、クロディーヌにとっては孫にあたる。


 クロディーヌは嘆息しつつ告白する。


「息子に金をやっても酒代や賭博とばくに消えてしまいますからね」


「だから、孫たちを働かせて、賃金の代わりに飴をあたえていた。金を渡せば息子にとりあげられるからだ。お菓子なら、少なくとも兄妹の口に入る」


「うちはね。昔はかなり裕福だったんですよ。老舗の菓子屋でね。でも、夫が死んだあと、息子はろくに働かなくてね。店の金を持ちだして遊んでばかり。みるみるうちに店は傾き、商売をたたむしかなかった。そのあともずっとフラフラして、店や屋敷を売ったお金もどんどんなくなって。だから、孫たちには厳しくしたんです。どこに行っても働けるように、掃除や皿洗いの基礎を教えこみました」


 ワレスは考えこむ。


「さっき、老舗の菓子屋だったと言ったよな? もしかして、八年前につぶれた『お菓子の家』か?」

「そうですよ」

「レシピのいくつかを売りに出したという話だな。それでもまだ秘蔵のレシピが残っているはず。おぼえているか?」

「もちろん」

「じゃあ、いい考えがある」


 ワレスの言葉を聞いて、クロディーヌは微笑んだ。

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