お菓子の家の魔女1
ワレスは甘いものがさほど好きではない。だが、その店の名前くらいは知っていた。
マキフロンの茶会場——
大通りにある千年続く老舗の高級お菓子専門店——というわけではないものの、安くて美味いと評判の庶民の店だからだ。
「あっ、ここが、マキフロンの茶会場か。ワレス、ちょっとよってもいいかな? ジュッペにお土産を買って帰るから」
言いだしたのは、友人のジェイムズだ。彼は子爵家の跡取りなので、屋敷にはおかかえの料理人がいる。だが、流行りの店のお菓子は、妹の機嫌をとるのにほどよいのだろう。
マキフロンというのは店主の名前。もう七十にはなろうという男が一人で菓子を作っている。
店内にはケーキやクッキー、マカロンと言った定番の菓子のほかに、アマンディーヌ、シャルロット、マドレーヌなど女の名前のついたもの。ジャムやグラッセ、チョコレートもある。
だが、もっとも目をひくのは、中央のテーブルの飴細工だ。赤や青や緑、ピンク、黄色、さまざまな色をつけた透明な飴細工がならんでいる。動物や花、大きなものでは城の形。どれもガラスのように繊細で儚げだ。
「わあ、キレイだなぁ。ジュッペが見たら喜ぶかな。じゃあ、このチョコボンボンとウサギの飴細工を二つ。ピンクと水色のやつ」
「はいはい。毎度」
「あっ、大丈夫? 気をつけて」
ジェイムズは足元のおぼつかない店主に手を貸してやっている。正真正銘の生まれついての貴公子のくせに、平民の菓子屋を気づかうとは、なんと親切なことか。
「ありがとうございます。お優しい若さま」
マキフロンは愛想がいい。七十年の人生で笑顔でなかったときなど一度たりとないかのようだ。が、今日は商品を手渡しながら、ふっとため息をつく。さっきから落ちつかないふうで、何か事情がありそうだ。
「どうかしたのか? 店主」
たずねると、マキフロンはさらに吐息をもらす。
「いえね。たいした話じゃないんですが、そろそろですかねぇ」
「そろそろ?」
「いつも閉店まぎわなので」
時刻は夕暮れ時。美しい皇都の街が金色に染まっている。
すると、そのときだ。あけはなしの木戸から女が入ってくる。六十代だろうか。背が高く、目つきがするどくて気の強そうな女だ。
「や、どうも。今日も飴細工ですか?」
「ええ、どうも。これをください」
女はお城の形をした飴細工を買って店を出ていった。
それを見送って、ふうっとマキフロンが嘆息する。
ワレスはピンと来た。どうやら、店主の悩みは今の女に関係があるらしい。
「あの女が何か?」
聞くと、
「先日から毎日、ああして飴細工を買ってくださるんですがね。どうも得体の知れない人で、怖くてねぇ」
マキフロンの話によると、こういうことだ。
女は路地裏の一軒家に住んでいる。家族はいない一人暮らし。二、三年前にふらりとやってきたよそもので、魔女だというウワサがある。
子どももいないのに、毎日、飴を買っていくのが薄気味悪く、マキフロンは一度だけ、女のあとをつけてみた。
すると、女は家のなかに飴細工を飾り、それをエサに貧しい家の子どもをおびきよせ、こきつかっていた。たたいたり、悪しざまに罵ったりして。
さらには、気になって夜中にもう一度ようすを見にいくと、いかにも人相の悪い男が家から出てきた。男は手にジャラジャラと銀貨をにぎっていた。
「まさかと思うんですが、浮浪児をさらって売りとばしてるんじゃないですかねぇ。悪事の道具にうちの菓子が使われてるんじゃないかと思うと、心配で心配で……」
というわけだ。
ワレスはジェイムズと顔を見あわせる。
ワレスたちの祖国、ユイラ皇帝国は世界随一の文化水準を誇る文明国だ。芸術の発祥地であり、治安もひじょうによい。だが、それでも、親を亡くす子どもはいるし、それらをさらって外国へ売りとばす悪人もいる。
甘く美しい菓子に、そんな悪事がからんでくるとなれば、店主が頭を悩ますのもいたしかたない。
「ワレス。これはほっとけない」
案の定、おひとよしのジェイムズが言いだした。ワレスは首をふる。
「仕事でもないのに、自分から事件に首をつっこまなくてもいいだろう?」
「いやいや。ここで私たちが聞いたのも縁だよ。解決しようじゃないか」
「解決するのは、どうせ、おれだろ?」
「そうだよ。君の優秀な頭脳が解決するんだ」
ニコニコ笑うジェイムズを見て、ワレスはあきらめた。しかたない。なるべく早めに片づけてしまおう。




