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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第五話 青薔薇密室

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青薔薇密室3



 とにかく、届け出ないとバチストが言うのだから、事件は表面上、解決だ。

 広間に戻ったところで、ワレスはジョスリーヌにたずねた。


「さっきの三人。なんか変だったな。フロリアーヌはウィリアムの恋人じゃないのか?」

「いいえ。バチストの許嫁いいなづけよ。親同士が決めたんですけどね」

「そういうことか」


 ウィリアムとフロリアーヌは禁じられた恋というわけだ。しかも、身分が違う。ましてや、バチストとウィリアムは花を通して友人だったようだ。二重の意味での裏切りである。


 親友の許嫁との恋。

 しかも、相手は趣味の園芸でもめざましい成果を出した。妬んだウィリアムが腹いせに青薔薇をつんだのだろうか?

 それにしても、温室から出ていくときには切りとった薔薇を持っていたはずだ。残されていた株の茎の本数から言って、少なくとも六、七本は。


「ウィリアムは商品の搬入はんにゅうに来たわけだろ? そのあと、出ていくときの姿を見た人はいるかな?」


 たとえば木の台車などを持っていて、そこに商品をくるんでいた布か紙でもあれば、切り花を包んで隠すことはできる。


「わたしに聞かれても」

「それもそうだな。情報を集めてみよう」


 その必要はなかった。

 ワレスのもとへ、フロリアーヌがみずからやってきた。


「わたしは見ていました。彼の仕事が終わるのを待っていたので。ウィリアムは何も持っていませんでした」

「あなたはウィリアムと恋仲ですね? 恋人をかばっているかもしれない」

「たしかに、わたしたちは愛しあってるわ。でも、嘘じゃありません」


 涙ながらに訴えるフロリアーヌを見て、ワレスはある可能性を思いついた。


「フロリアーヌ。あなたはどうするつもりなんだ? このまま、ウィリアムと別れて、バチストと結婚するのか?」

「バチストには悪いと思ってる。でも……どうしても、バチストにはときめかないの。あの人は優しすぎて。わたし、どうしたらいいの?」


 涙ぐむ美女の耳元にささやく。


「それは、あなたしだいだ」

「わたしの?」

「ウィリアムは平民だが富豪ではある。結婚しても暮らしは豊かだ。身分違いさえ気にしなければ」

「バチストは怒るかしら?」

「怒るだろう。でも、気持ちを偽った婚姻こんいんが幸せになれるかどうか、よく考えてみるんだ」


 ワレスは一人で温室に戻ってみた。もちろん、鍵がかかっているので、なかへ入れるわけじゃない。

 だが、ガラス壁の下を通る水路をたどっていくと、中庭のため池にたどりついた。噴水へ水を送る前にいったん貯水しておく場所だ。そこに青い薔薇が浮かんでいた。葉や枝のほとんどがむしられている。


 ワレスはそれを一輪、手にとった。水にぬれて、つやつやと輝く青い薔薇——


(ベンデラブルー。そういうことか)


 ワレスは青い薔薇にこめられた切ない想いに気づいた。



 *



 やってきたのは、バチストの部屋だ。扉をたたくと、なかからひらいた。


「あなたと話したいんだが、かまわないだろうか?」

「今?」

「今でないとまにあわない」


 しばし、ワレスの目をのぞきこんでいたバチストが、大きくため息をついた。


「どうぞ」と椅子をすすめる。

 もう、ワレスがなんの話をしに来たのかわかっているのだろう。手にはひろってきた青薔薇を持っている。


 ワレスは単刀直入に告げた。


「温室の青薔薇を切り刻んだのは、あなただな?」


 返事はふたたびのため息だ。


「どうして?」

「この薔薇を中庭のため池で見つけた。あなたならわかりますね? これはベンデラブルーだ」


 ベンデラ——それは白薔薇のことだ。白薔薇の青。つまり、白い薔薇を染料で青く染めた人工の青薔薇である。作り物だ。

 こうして作った青薔薇なら、ワレスもこれまでに何度も見た。花屋ではそこそこ高額で売られている。


「あなたが青薔薇の改良に成功したというのは嘘だったんだ。ほんとは染料をまぜた水を吸わせて、花色を青くしただけ。おそらく、今日になってウィリアムが搬入したのが、その薔薇だ」

「もしそうなら、私は招待客全員をだますことになるじゃないか?」

「最初から発表する気なんてなかった。なぜなら、客に披露ひろうする前に、その薔薇はもともと切りすてる予定だった」

「…………」


 黙りこんだ男のよこ顔に、ワレスは問いかける。


「あなたは知ってたんだ。自分の許嫁が別の男を愛していることを。しかもそれが、親友のウィリアムだと。そうだろ?」


 答えはない。


「だから、ウィリアムに容疑がむく状況で、ベンデラブルーを切りおとし、その花は水路から流して外に出した。ウィリアムをこの屋敷から……フロリアーヌから遠ざけるために」


 今度は返事があった。


「そう。二人が惹かれあっているのは知っていた。目の前で愛しあう彼らを見ていることに、これ以上、耐えられなかった」

「ウィリアムが反論しないとわかっていたんだな。彼にはあなたの大切な人を奪ったという負いめがある」

「そうだ。私がすべて仕組んだ」


 そのとき、扉のかげから走っていく人影が見えた。フロリアーヌだ。今の話を聞いていたのだ。きっと彼女はその足で、ウィリアムのもとへ馬車を走らせる。


 それを見送って、バチストは少し笑った。どこかさみしげなその笑みを見て、ワレスも嘆息した。


「損な人だな。今のはわざと聞かせたんだろう? 自分が悪者になって、フロリアーヌが一歩をふみだすように」


 バチストの笑みがほんの少しだけ濃くなる。ワレスが彼の気持ちを理解していたことが嬉しかったのだろう。


「こうでもしなければ、あの二人は思いきれなかったはずだ。一生、私に隠れてイチャイチャされるなんて、ごめんだよ」

「最初から、そのつもりで、ウィリアムに罪を着せた」

「私はいい花屋を失った。その上、婚約者と友人まで。痛手は深いが、このほうがいい」


 自分の苦しみよりも、友の幸福を願ったのだ。


 ワレスは彼の肩をたたいて退室した。きっと、一人になりたいだろう。誰にも知られず、ひそかに泣くために。


 でも、彼はすぐに立ちなおる。趣味は地味だが、胆力のある素晴らしい男だ。彼にふさわしい貴婦人は、きっとどこかにいる。



 *



 帰りの馬車のなかで、ワレスは青薔薇をジョスリーヌにプレゼントした。


「まあ、キレイ。あなたの瞳の色みたい」

「花は女を飾るためにある。あなたが持っているべきだ」


 髪にさしてやると、ジョスリーヌは少女のように頬を染めた。

 これこそ、青薔薇の正しい使いかただと、ワレスは微笑する。




 了

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