青薔薇密室3
とにかく、届け出ないとバチストが言うのだから、事件は表面上、解決だ。
広間に戻ったところで、ワレスはジョスリーヌにたずねた。
「さっきの三人。なんか変だったな。フロリアーヌはウィリアムの恋人じゃないのか?」
「いいえ。バチストの許嫁よ。親同士が決めたんですけどね」
「そういうことか」
ウィリアムとフロリアーヌは禁じられた恋というわけだ。しかも、身分が違う。ましてや、バチストとウィリアムは花を通して友人だったようだ。二重の意味での裏切りである。
親友の許嫁との恋。
しかも、相手は趣味の園芸でもめざましい成果を出した。妬んだウィリアムが腹いせに青薔薇をつんだのだろうか?
それにしても、温室から出ていくときには切りとった薔薇を持っていたはずだ。残されていた株の茎の本数から言って、少なくとも六、七本は。
「ウィリアムは商品の搬入に来たわけだろ? そのあと、出ていくときの姿を見た人はいるかな?」
たとえば木の台車などを持っていて、そこに商品をくるんでいた布か紙でもあれば、切り花を包んで隠すことはできる。
「わたしに聞かれても」
「それもそうだな。情報を集めてみよう」
その必要はなかった。
ワレスのもとへ、フロリアーヌがみずからやってきた。
「わたしは見ていました。彼の仕事が終わるのを待っていたので。ウィリアムは何も持っていませんでした」
「あなたはウィリアムと恋仲ですね? 恋人をかばっているかもしれない」
「たしかに、わたしたちは愛しあってるわ。でも、嘘じゃありません」
涙ながらに訴えるフロリアーヌを見て、ワレスはある可能性を思いついた。
「フロリアーヌ。あなたはどうするつもりなんだ? このまま、ウィリアムと別れて、バチストと結婚するのか?」
「バチストには悪いと思ってる。でも……どうしても、バチストにはときめかないの。あの人は優しすぎて。わたし、どうしたらいいの?」
涙ぐむ美女の耳元にささやく。
「それは、あなたしだいだ」
「わたしの?」
「ウィリアムは平民だが富豪ではある。結婚しても暮らしは豊かだ。身分違いさえ気にしなければ」
「バチストは怒るかしら?」
「怒るだろう。でも、気持ちを偽った婚姻が幸せになれるかどうか、よく考えてみるんだ」
ワレスは一人で温室に戻ってみた。もちろん、鍵がかかっているので、なかへ入れるわけじゃない。
だが、ガラス壁の下を通る水路をたどっていくと、中庭のため池にたどりついた。噴水へ水を送る前にいったん貯水しておく場所だ。そこに青い薔薇が浮かんでいた。葉や枝のほとんどがむしられている。
ワレスはそれを一輪、手にとった。水にぬれて、つやつやと輝く青い薔薇——
(ベンデラブルー。そういうことか)
ワレスは青い薔薇にこめられた切ない想いに気づいた。
*
やってきたのは、バチストの部屋だ。扉をたたくと、なかからひらいた。
「あなたと話したいんだが、かまわないだろうか?」
「今?」
「今でないとまにあわない」
しばし、ワレスの目をのぞきこんでいたバチストが、大きくため息をついた。
「どうぞ」と椅子をすすめる。
もう、ワレスがなんの話をしに来たのかわかっているのだろう。手にはひろってきた青薔薇を持っている。
ワレスは単刀直入に告げた。
「温室の青薔薇を切り刻んだのは、あなただな?」
返事はふたたびのため息だ。
「どうして?」
「この薔薇を中庭のため池で見つけた。あなたならわかりますね? これはベンデラブルーだ」
ベンデラ——それは白薔薇のことだ。白薔薇の青。つまり、白い薔薇を染料で青く染めた人工の青薔薇である。作り物だ。
こうして作った青薔薇なら、ワレスもこれまでに何度も見た。花屋ではそこそこ高額で売られている。
「あなたが青薔薇の改良に成功したというのは嘘だったんだ。ほんとは染料をまぜた水を吸わせて、花色を青くしただけ。おそらく、今日になってウィリアムが搬入したのが、その薔薇だ」
「もしそうなら、私は招待客全員をだますことになるじゃないか?」
「最初から発表する気なんてなかった。なぜなら、客に披露する前に、その薔薇はもともと切りすてる予定だった」
「…………」
黙りこんだ男のよこ顔に、ワレスは問いかける。
「あなたは知ってたんだ。自分の許嫁が別の男を愛していることを。しかもそれが、親友のウィリアムだと。そうだろ?」
答えはない。
「だから、ウィリアムに容疑がむく状況で、ベンデラブルーを切りおとし、その花は水路から流して外に出した。ウィリアムをこの屋敷から……フロリアーヌから遠ざけるために」
今度は返事があった。
「そう。二人が惹かれあっているのは知っていた。目の前で愛しあう彼らを見ていることに、これ以上、耐えられなかった」
「ウィリアムが反論しないとわかっていたんだな。彼にはあなたの大切な人を奪ったという負いめがある」
「そうだ。私がすべて仕組んだ」
そのとき、扉のかげから走っていく人影が見えた。フロリアーヌだ。今の話を聞いていたのだ。きっと彼女はその足で、ウィリアムのもとへ馬車を走らせる。
それを見送って、バチストは少し笑った。どこかさみしげなその笑みを見て、ワレスも嘆息した。
「損な人だな。今のはわざと聞かせたんだろう? 自分が悪者になって、フロリアーヌが一歩をふみだすように」
バチストの笑みがほんの少しだけ濃くなる。ワレスが彼の気持ちを理解していたことが嬉しかったのだろう。
「こうでもしなければ、あの二人は思いきれなかったはずだ。一生、私に隠れてイチャイチャされるなんて、ごめんだよ」
「最初から、そのつもりで、ウィリアムに罪を着せた」
「私はいい花屋を失った。その上、婚約者と友人まで。痛手は深いが、このほうがいい」
自分の苦しみよりも、友の幸福を願ったのだ。
ワレスは彼の肩をたたいて退室した。きっと、一人になりたいだろう。誰にも知られず、ひそかに泣くために。
でも、彼はすぐに立ちなおる。趣味は地味だが、胆力のある素晴らしい男だ。彼にふさわしい貴婦人は、きっとどこかにいる。
*
帰りの馬車のなかで、ワレスは青薔薇をジョスリーヌにプレゼントした。
「まあ、キレイ。あなたの瞳の色みたい」
「花は女を飾るためにある。あなたが持っているべきだ」
髪にさしてやると、ジョスリーヌは少女のように頬を染めた。
これこそ、青薔薇の正しい使いかただと、ワレスは微笑する。
了




