青薔薇密室1
自然界には青薔薇は存在しない。きわめてめずらしいその青い薔薇の品種改良に、ル・ドヴィア伯爵の子息が成功したのだという。
今日はその発表会をかねたパーティーだ。
場所は当然、ル・ドヴィア伯爵邸。美しく着飾った貴公子や貴婦人が集まっている。が、青薔薇に興味がある者は少ないのではなかろうか。貴族の趣味として、園芸は地味なほうだ。
「ほら、わたくしの亡くなった夫が庭いじり好きだったじゃない? それで生前、ル・ドヴィア次期伯爵と仲がよかったのよ」と、ジョスリーヌはいささか退屈そうに言った。
この年上の後見人の機嫌をうかがいながら、ワレスは答える。
「まあ、あんたが男から貰う以外で、薔薇を愛でるとは思えないよな」
「花は女をひきたてるためにあるのよ」
さすがはワガママな女侯爵だ。いかにもジョスリーヌらしい言いぶんに、ワレスは苦笑した。
「ところで、その青薔薇はどこに?」
「さあ。バチストに聞いてみる?」
バチストはル・ドヴィア次期伯爵のファーストネームだ。
「そうだな。せっかく来たんだから、見ておくか」
ワレスはまだ本物の青い薔薇を見たことがなかった。自然界に存在しないという花をひとめくらい見てみたい。
ジョスリーヌについていき、バチストに紹介される。年齢は三十前だろうか。地味な趣味の持ちぬしらしい、目立たない容姿だ。
しかし、なんだろうか?
大好きな園芸で成果が出て、その発表会だというのに、バチストの顔色は冴えない。緊張のせいか、そのおもては青ざめてひきつっている。
「バチスト。こちら、ワレス。わたくしの可愛い人よ。青い薔薇を彼に見せてあげてくれないかしら?」
「侯爵さまのお願いとあれば、なんなりと。こちらへおいでください」
「どこに置いてあるの? 庭かしら?」
「いいえ。温室ですよ」
というわけで、大広間を出て、バチストに案内されていく。温室は貴族といえど、どの屋敷にもあるというものではなかった。植物に関心がなければ、それ専用の建物もいらないのだ。
薔薇はけっこう丈夫で、風を好むと聞いた。仲よくしているなかに、やはり薔薇の花が大好きで、自宅の庭を自分で管理している貴婦人がいるのだ。外で育てたほうが虫害や病気にもかかりにくいという話なのだが。
まあ、特別な花だから、交雑しないよう保管に気をつけているのだろう。
温室は屋敷の端にあるという。いったん庭に出て、柱廊を通っていったさきにある。出入口は一つだけ。ガラス扉には鍵がかかり、その鍵はバチストが持っている。そして、温室の外壁はすべてガラスだ。
ところが、温室へ行きつく前に、柱廊あたりで、バチストは立ちすくんだ。
バチストと同年代の男と、少し年下の女が柱のかげで親密に話している。会話の内容までは聞こえないが、そのようすは恋人同士だ。
ところが、「あら、フロリアーヌじゃない。ごきげんよう」と、ジョスリーヌが近づくと、男女は気まずいようすで、サッと離れた。
しょうがなさそうに、バチストが二人に声をかける。
「やあ、ここにいたのか。薔薇を見にきたのかい? ウィリアム、フロリアーヌ」
「あなたがここにいるのかと思って」と、フロリアーヌが答える。伏目がちの態度で、女性はずっと居心地が悪そうだ。
「私は広間にいたよ。だが、ちょうどいい。君たちもいるなら、いっしょに薔薇を見よう」
バチストはそう言った。
二人ともバチストの友人らしい。
それで総勢五人に増えた。
バチストの友人のウィリアムは、ジョスリーヌと初対面だ。道中、じょさいなく自己紹介する。よくしゃべるなと思えば、彼は貴族ではなく商人の息子だ。
「ウィリアム・ストゥーランと申します。ラ・ベル侯爵さまにお目通りいただけるとは光栄しごく」
「堅苦しいのは好きじゃないのよ。長ったらしいあいさつはやめて」
「申しわけありません。侯爵さまが花のようにお美しいので、舞いあがってしまいました」
見えすいたお世辞だが、ジョスリーヌは気をよくしている。
話のなかで、ウィリアムの実家は皇都でもっとも大きな花屋だとわかった。庭師を数十人も雇っていて、貴族の屋敷の造園なども手がけている。つまり、大金持ちだ。平民なのに名字があることでも、それはわかる。
そうこうするうちに、温室についた。ただ一つの出入口の鍵を、バチストが外す。
「さあ、どうぞ。なかに青薔薇があります」
バチストは言ったのだが、それは真実ではなかった。いや、少し前まではあったのかもしれない。
「あっ! こ、これは——」
青薔薇の鉢は、無惨に花首すべて切り落とされていた。




