時のかなたの少女3
ワレス、ジェイムズ、それにディアーニ。
三人の男の前で、ジャンヌはあどけない顔をひきつらせている。だが、まちがいなく、この少女がナイフで父を襲った。
「信じられない……ジャンヌが、私を……」
ディアーニはショックのあまり、言葉にならない。
ワレスはそんな彼に真実を告げた。
「アルプトロさん。あなたの食事にヒ素をまぜてたのは、ジャンヌだ。あなたの症状は慢性的なもの。ここ数ヶ月のあいだ、毒を飲まされてきた。そう。ジャンヌと二人で食事するようになってから。あなたは愛娘の前で、まったく警戒してなかったから、彼女はいつでも毒を混入できた」
「そんな……なぜ……」
「なぜ? もちろん、あなたに復讐するためだ」
「復讐……」
「見てのとおり、アルプトロ家は裕福だ。この屋敷でふつうに育っていれば、ジャンヌはなんの苦労も知らなかった。だが、家を出れば、どんなヒドイめにあうかわかりきっている。世間知らずのお嬢さまが楽々と生きていけるわけがない。働くことさえ、ままならなかっただろうな。それで若くして病気にかかり、死んだ」
ぽかんとしてるのは、ジェイムズだ。
「えっ? 死んだ? でも、ここにいるじゃないか?」
「これは、ジャンヌの娘だ。本名が母と同じジャンヌなのかどうかは知らない」
「えっ? えっ?」
まだわかってないようなので、ワレスは説明した。
「考えてもみろよ。人間が時間をこえて未来にやってくるなんて、魔法でもないかぎり、ありえない。でも、彼女は現れた。しかも、ちゃんと以前に描かれた肖像画にそっくりだ。ということは、論理的に導きだされる答えは一つ。今、おれたちの前にいるジャンヌは、ジャンヌ本人ではない。母親に容姿の酷似した娘だ」
「でも、ジャンヌしか知らないことを知ってた」
「そんなの母親から聞いてたんだろ」
ジェイムズが言葉につまったので、ワレスは一人で続ける。
「本物のジャンヌはつい最近に亡くなったんだろう。つらい思いをして死んだ母の復讐のため、彼女はやってきた。自身が母のふりをして」
「でも、遺産を乗っとるつもりなら、継嗣取り決めの書類が受理されてからじゃないと意味がないよ。今なら遺言書のほうが優先される。そうなると、継嗣はフリアさんの娘になるだろうな」
「だから、復讐なんだ。財産目当てじゃない。悲惨な死にかたをした母が、じつは富豪の娘だったと知れば、恨みたくもなるじゃないか? なんで母が生きているうちに探しにきてくれなかったのかと」
ワレスが言うと、少女は急にひらきなおった。
「そうよ! 母さんは死ぬまで、うちに帰りたがってた。お父さんに会いたいと言ってた。ケンカ別れして出てきたから、もう帰れないけどって……母さんがどんだけ、つらかったかわかる? あたし、絶対、ゆるさないから!」
そのあと少女は、世間から母が受けた仕打ちをアレコレわめきちらした。苦労知らずの若い女が悪い人間にだまされ、さんざん利用されてきた過程を。
ディアーニは黙って聞いている。その双眸には涙の粒が光っていた。
かわりに、ワレスが語る。
「便宜上、母の名前で呼ぶが、ジャンヌ。おまえは勘違いしてる。アルプトロ氏はおまえが孫だということに、ひとめで気づいていた。それでも、おまえの言いぶんを信じるふりをした。なぜだかわかるか? おまえの母を愛していたからだ」
「なら、なんで探しに来てくれなかったのッ?」
「もちろん、探したんだよ。だが、見つからなかった」
「そんなこと——」
「そもそも、おまえの母がなぜ、家を出ていったのか知ってるか?」
「だから、お父さんと大ゲンカして出てきたんだって、母さんは!」
「ケンカの原因はおまえの親父だ。その男は金目当てで初心なお嬢さまのジャンヌに近づいた。アルプトロ氏は男のその魂胆に気づいていた。だから結婚を許可しなかった。だが、お嬢さまは反対を押し切って男と駆け落ちした。召使いたちがなんでも話してくれたよ」
ジャンヌは母の家出のほんとの理由を初めて知ったのだろう。顔をひきつらせて押しだまる。
「おまえの母は家を出たあとになって、男の本性を悟った。それで実家に帰れなかったんだ。男をつれ帰れば、跡取りのおまえの存在を口実に、アルプトロ家の金をとことん食いつぶしただろうから」
とつぜん知らされた現実を、ジャンヌはまだ許容しがたいようだ。両手をにぎりしめてふるえている。
「男がやっと自分を見かぎって行ってしまったときには、おまえの母は病魔に体を侵されていたんだろう。悪いのはアルプトロ氏じゃない。恨むなら、おまえのろくでなしの親父だ」
ジャンヌは床にくずおれて、両手をついた。母の仇を討つという、その気持ちだけが心のよりどころだったのだろう。
「だいたい、十二歳で駆け落ちは早すぎる。おまえの母が、ほんとに家を出たのは十八のときだ。階段にある肖像画は、少女のおまえが時を止めて帰ってきたように見せるために、アルプトロ氏が絵をさしかえたんだ。それだけでも、おまえの母への愛情がわかる。探しだせなかった悔恨もあったろう」
もういい——と言ったのは、ディアーニ本人だ。
「その子を責めないでやってくれ。私も夢を見たかった。ジャンヌがもうこの世にいないのだろうことは察しがついていた。だからこそ、この子を娘として大切にしたかったんだ」
「おじいさん……」
ディアーニは孫娘に慈愛の笑みをなげる。ジャンヌが泣きだしたのは、後悔からだったに違いない。
*
「やっぱり、人間が時をとびこえるなんてないんだね」と、アルプトロ家を出たジェイムズは、ため息まじりにつぶやく。
「そんなの、おれは最初からわかってた」
「まあまあ。おかげで、ディアーニさんのヒ素中毒は軽かったし、ジャンヌは孫として正式に養育されることになった。継嗣はフリアさんの娘になるだろうが、ジャンヌもそこまで望んではいない。一件落着だ。君が出向いただけはあったよ」
たしかに、女の子の涙には、ジゴロを朝のベッドからひきずりだすだけの価値はある。寝不足のワレスは、馬上で一つアクビをするのだった。
了
次の話は来週更新です。




