表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第四話 時の彼方の少女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/60

時のかなたの少女3



 ワレス、ジェイムズ、それにディアーニ。

 三人の男の前で、ジャンヌはあどけない顔をひきつらせている。だが、まちがいなく、この少女がナイフで父を襲った。


「信じられない……ジャンヌが、私を……」


 ディアーニはショックのあまり、言葉にならない。

 ワレスはそんな彼に真実を告げた。


「アルプトロさん。あなたの食事にヒ素をまぜてたのは、ジャンヌだ。あなたの症状は慢性的なもの。ここ数ヶ月のあいだ、毒を飲まされてきた。そう。ジャンヌと二人で食事するようになってから。あなたは愛娘の前で、まったく警戒してなかったから、彼女はいつでも毒を混入できた」


「そんな……なぜ……」

「なぜ? もちろん、あなたに復讐するためだ」

「復讐……」


「見てのとおり、アルプトロ家は裕福だ。この屋敷でふつうに育っていれば、ジャンヌはなんの苦労も知らなかった。だが、家を出れば、どんなヒドイめにあうかわかりきっている。世間知らずのお嬢さまが楽々と生きていけるわけがない。働くことさえ、ままならなかっただろうな。それで若くして病気にかかり、死んだ」


 ぽかんとしてるのは、ジェイムズだ。


「えっ? 死んだ? でも、ここにいるじゃないか?」

「これは、ジャンヌの娘だ。本名が母と同じジャンヌなのかどうかは知らない」

「えっ? えっ?」


 まだわかってないようなので、ワレスは説明した。


「考えてもみろよ。人間が時間をこえて未来にやってくるなんて、魔法でもないかぎり、ありえない。でも、彼女は現れた。しかも、ちゃんと以前に描かれた肖像画にそっくりだ。ということは、論理的に導きだされる答えは一つ。今、おれたちの前にいるジャンヌは、ジャンヌ本人ではない。母親に容姿の酷似した娘だ」

「でも、ジャンヌしか知らないことを知ってた」

「そんなの母親から聞いてたんだろ」


 ジェイムズが言葉につまったので、ワレスは一人で続ける。


「本物のジャンヌはつい最近に亡くなったんだろう。つらい思いをして死んだ母の復讐のため、彼女はやってきた。自身が母のふりをして」


「でも、遺産を乗っとるつもりなら、継嗣取り決めの書類が受理されてからじゃないと意味がないよ。今なら遺言書のほうが優先される。そうなると、継嗣はフリアさんの娘になるだろうな」


「だから、復讐なんだ。財産目当てじゃない。悲惨な死にかたをした母が、じつは富豪の娘だったと知れば、恨みたくもなるじゃないか? なんで母が生きているうちに探しにきてくれなかったのかと」


 ワレスが言うと、少女は急にひらきなおった。


「そうよ! 母さんは死ぬまで、うちに帰りたがってた。お父さんに会いたいと言ってた。ケンカ別れして出てきたから、もう帰れないけどって……母さんがどんだけ、つらかったかわかる? あたし、絶対、ゆるさないから!」


 そのあと少女は、世間から母が受けた仕打ちをアレコレわめきちらした。苦労知らずの若い女が悪い人間にだまされ、さんざん利用されてきた過程を。


 ディアーニは黙って聞いている。その双眸には涙の粒が光っていた。

 かわりに、ワレスが語る。


「便宜上、母の名前で呼ぶが、ジャンヌ。おまえは勘違いしてる。アルプトロ氏はおまえが孫だということに、ひとめで気づいていた。それでも、おまえの言いぶんを信じるふりをした。なぜだかわかるか? おまえの母を愛していたからだ」


「なら、なんで探しに来てくれなかったのッ?」

「もちろん、探したんだよ。だが、見つからなかった」

「そんなこと——」


「そもそも、おまえの母がなぜ、家を出ていったのか知ってるか?」

「だから、お父さんと大ゲンカして出てきたんだって、母さんは!」


「ケンカの原因はおまえの親父だ。その男は金目当てで初心うぶなお嬢さまのジャンヌに近づいた。アルプトロ氏は男のその魂胆に気づいていた。だから結婚を許可しなかった。だが、お嬢さまは反対を押し切って男と駆け落ちした。召使いたちがなんでも話してくれたよ」


 ジャンヌは母の家出のほんとの理由を初めて知ったのだろう。顔をひきつらせて押しだまる。


「おまえの母は家を出たあとになって、男の本性を悟った。それで実家に帰れなかったんだ。男をつれ帰れば、跡取りのおまえの存在を口実に、アルプトロ家の金をとことん食いつぶしただろうから」


 とつぜん知らされた現実を、ジャンヌはまだ許容しがたいようだ。両手をにぎりしめてふるえている。


「男がやっと自分を見かぎって行ってしまったときには、おまえの母は病魔に体を侵されていたんだろう。悪いのはアルプトロ氏じゃない。恨むなら、おまえのろくでなしの親父だ」


 ジャンヌは床にくずおれて、両手をついた。母の仇を討つという、その気持ちだけが心のよりどころだったのだろう。


「だいたい、十二歳で駆け落ちは早すぎる。おまえの母が、ほんとに家を出たのは十八のときだ。階段にある肖像画は、少女のおまえが時を止めて帰ってきたように見せるために、アルプトロ氏が絵をさしかえたんだ。それだけでも、おまえの母への愛情がわかる。探しだせなかった悔恨もあったろう」


 もういい——と言ったのは、ディアーニ本人だ。


「その子を責めないでやってくれ。私も夢を見たかった。ジャンヌがもうこの世にいないのだろうことは察しがついていた。だからこそ、この子を娘として大切にしたかったんだ」

「おじいさん……」


 ディアーニは孫娘に慈愛の笑みをなげる。ジャンヌが泣きだしたのは、後悔からだったに違いない。



 *



「やっぱり、人間が時をとびこえるなんてないんだね」と、アルプトロ家を出たジェイムズは、ため息まじりにつぶやく。


「そんなの、おれは最初からわかってた」

「まあまあ。おかげで、ディアーニさんのヒ素中毒は軽かったし、ジャンヌは孫として正式に養育されることになった。継嗣はフリアさんの娘になるだろうが、ジャンヌもそこまで望んではいない。一件落着だ。君が出向いただけはあったよ」


 たしかに、女の子の涙には、ジゴロを朝のベッドからひきずりだすだけの価値はある。寝不足のワレスは、馬上で一つアクビをするのだった。




 了

次の話は来週更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ