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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第四話 時の彼方の少女

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時のかなたの少女2



 当主の晩食が作られるあいだ、ワレスはずっと厨房で見張っていた。

 食事係の下女たちが、仕事をしながら喜んでワレスの話し相手になった。


「この家では食事は召使いが作るんだな?」


 貴族や金持ちの家なら、それがふつうだ。ただ、貴族はすべての召使いを家令が統率するのに対し、平民の場合はその役を女主人がこなす。この家で言えば、フリアだ。もしそうなら、フリアにはいつでも夫の食事に毒を盛れるのだが。


「台所長のチボーさんがメニューを決めて、味つけや肝心なところは全部、一人でするんですよ」

「そうそう。わたしたちは下ごしらえね」


 ワレスはもっとふみこんで聞いてみる。

「奥方は台所には立たない?」

「立たないわね。お店の大切なお客さまを招くときには、仕あがりを確認しに来るけど」


 厨房に姿を見せることじたいが、めったにないらしい。どおりで、彼女たちはワレスとの会話に興じていられるわけだ。


「旦那さまの食事を運ぶのも奥方ではない?」

「台所長が自分で持っていって、料理の説明をするのよね」


 食事にフリアのよりつくすべがない。しかし、毒が盛られていた。誰かがヒ素を使っているのは事実なのだ。

 台所長がそれをするとは思えない。なんの得にもならないし、料理人は自分の料理にプライドを持っているものだ。


「ちなみに旦那さまは、ふだん一人で食べるのか? それとも食堂で?」

「前はね。旦那さまと奥さまと、お嬢さまとそろってお食事でしたけど、今は……」


 女たちは顔を見あわせる。


「ジャンヌが帰ってきてから、習慣が変わったわけか?」


「そうです」

「ほら、奥さまがジャンヌさまを嫌ってるから」

「まあ、それもしょうがないわよね。わたしだって、あんな《《うさんくさい》》話、信用ならないもの。駆け落ちして出ていった娘が、今さら若返って戻ってきました、なんて」

「でも、あの子がジャンヌさまの子ども時代にそっくりなのは、ほんとでしょ?」

「そうなのよ。他人の空似にしちゃ、できすぎね」


 ワレスは今の女たちの会話を心のなかで反芻はんすうする。


「それで旦那さまは今、一人で食事を?」

「いいえ。ジャンヌさまとお二人で」


 それで、だいたいわかった。最後に一つ、おしゃべりな女たちから大切な情報を得ておきたい。


「階段の踊り場にあるジャンヌ嬢の絵は、つい最近、入れかえたんだろう?」


 女たちはまた目を見かわす。ナイショにするよう命じられているのだろう。


「屋根裏に行ってごらんなさい」と、もっとも年かさの女が言った。


「ありがとう」


 ワレスがなげキッスをして立ちあがると、女たちは小娘みたいな悲鳴を発する。まったく、ワレスの前では女の口を閉じておくことは不可能だ。



 *



 深夜になって、館は寝静まっている。明かりもすべて消され、月光が冷たく窓からななめにさしこむ。


 当主のディアーニはよく眠っていた。彼はいつも寝室に鍵をかけない。今夜もだ。


 すると、カチリとかすかな音がして、扉が外からひらく。人影がそのすきまから入ってきた。貴族の屋敷のそれのように、天蓋てんがいと支柱のついた豪華な寝台へ、すべるように近づく。


 そして寝台によこたわるディアーニの顔を確認すると、ふところからナイフをとりだした。さやを外し、大きくふりかざす。眠るディアーニの心臓をひとつき——


 だが、そのときだ。

 寝台の両側から、サッとかけよる人物が二人。

 ワレスと、ジェイムズだ。

 ワレスは人影にとびかかり、ナイフを持つ手を押さえた。


「やはり、君か」


 ワレスにとっては予想どおり。だが、ジェイムズは心底おどろいている。


「えっ? これが……犯人?」

「ああ。そうだ」


 ワレスに手をつかまれ、力なくうなだれている人物。それは時間をこえて戻ってきた少女、ジャンヌだった。

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