時のかなたの少女2
当主の晩食が作られるあいだ、ワレスはずっと厨房で見張っていた。
食事係の下女たちが、仕事をしながら喜んでワレスの話し相手になった。
「この家では食事は召使いが作るんだな?」
貴族や金持ちの家なら、それがふつうだ。ただ、貴族はすべての召使いを家令が統率するのに対し、平民の場合はその役を女主人がこなす。この家で言えば、フリアだ。もしそうなら、フリアにはいつでも夫の食事に毒を盛れるのだが。
「台所長のチボーさんがメニューを決めて、味つけや肝心なところは全部、一人でするんですよ」
「そうそう。わたしたちは下ごしらえね」
ワレスはもっとふみこんで聞いてみる。
「奥方は台所には立たない?」
「立たないわね。お店の大切なお客さまを招くときには、仕あがりを確認しに来るけど」
厨房に姿を見せることじたいが、めったにないらしい。どおりで、彼女たちはワレスとの会話に興じていられるわけだ。
「旦那さまの食事を運ぶのも奥方ではない?」
「台所長が自分で持っていって、料理の説明をするのよね」
食事にフリアのよりつくすべがない。しかし、毒が盛られていた。誰かがヒ素を使っているのは事実なのだ。
台所長がそれをするとは思えない。なんの得にもならないし、料理人は自分の料理にプライドを持っているものだ。
「ちなみに旦那さまは、ふだん一人で食べるのか? それとも食堂で?」
「前はね。旦那さまと奥さまと、お嬢さまとそろってお食事でしたけど、今は……」
女たちは顔を見あわせる。
「ジャンヌが帰ってきてから、習慣が変わったわけか?」
「そうです」
「ほら、奥さまがジャンヌさまを嫌ってるから」
「まあ、それもしょうがないわよね。わたしだって、あんな《《うさんくさい》》話、信用ならないもの。駆け落ちして出ていった娘が、今さら若返って戻ってきました、なんて」
「でも、あの子がジャンヌさまの子ども時代にそっくりなのは、ほんとでしょ?」
「そうなのよ。他人の空似にしちゃ、できすぎね」
ワレスは今の女たちの会話を心のなかで反芻する。
「それで旦那さまは今、一人で食事を?」
「いいえ。ジャンヌさまとお二人で」
それで、だいたいわかった。最後に一つ、おしゃべりな女たちから大切な情報を得ておきたい。
「階段の踊り場にあるジャンヌ嬢の絵は、つい最近、入れかえたんだろう?」
女たちはまた目を見かわす。ナイショにするよう命じられているのだろう。
「屋根裏に行ってごらんなさい」と、もっとも年かさの女が言った。
「ありがとう」
ワレスがなげキッスをして立ちあがると、女たちは小娘みたいな悲鳴を発する。まったく、ワレスの前では女の口を閉じておくことは不可能だ。
*
深夜になって、館は寝静まっている。明かりもすべて消され、月光が冷たく窓からななめにさしこむ。
当主のディアーニはよく眠っていた。彼はいつも寝室に鍵をかけない。今夜もだ。
すると、カチリとかすかな音がして、扉が外からひらく。人影がそのすきまから入ってきた。貴族の屋敷のそれのように、天蓋と支柱のついた豪華な寝台へ、すべるように近づく。
そして寝台によこたわるディアーニの顔を確認すると、ふところからナイフをとりだした。さやを外し、大きくふりかざす。眠るディアーニの心臓をひとつき——
だが、そのときだ。
寝台の両側から、サッとかけよる人物が二人。
ワレスと、ジェイムズだ。
ワレスは人影にとびかかり、ナイフを持つ手を押さえた。
「やはり、君か」
ワレスにとっては予想どおり。だが、ジェイムズは心底おどろいている。
「えっ? これが……犯人?」
「ああ。そうだ」
ワレスに手をつかまれ、力なくうなだれている人物。それは時間をこえて戻ってきた少女、ジャンヌだった。




