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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集3 透明な季節〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第一話 おばあさまの指輪
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おばあさまの指輪1



 小さな舟の上で、二人ならんで運河に釣り糸をたらしていると、とつぜん、ジェイムズが言った。


「ワレス。おぼえてるかい? 君がおばあさまの形見の指輪を見つけてくれた事件のこと」

「ああ、それ。おまえ、ときどき言うよな。おれはおぼえてないんだが」

「だって、誰もが頭を悩ましていたのに、君ときたら、たったの五分《5ミール》で、指輪を盗んだ犯人を見つけてくれたからね」

「そんなこともあったかな」


 もう十年は前の話ではないだろうか?

 たぶん、ワレスにとってはどうでもいい日常風景の一部にしかすぎなかったのだ。


 それにしても釣れない。

 退屈のあまり、ジェイムズが思い出話をベラベラしゃべるのを、聞くともなしに聞く。



 *



 その日はジェイムズの年の離れた妹、ジュッペ・アン=マリーの三歳の誕生日だった。ジェイムズの両親ティンバー子爵夫妻は、とつぜんできた娘にメロメロで、盛大にパーティーをひらいた。


 と言っても広大な領地を持つ富豪の大貴族ではないから、親戚や気心の知れた友人が集まって、わきあいあい、のんびり飲食を楽しむだけだ。


 大人の男たちは喫煙室でパイプを吸い、女たちは食堂でウワサ話に興じる。子どものジェイムズたちは中庭でかけまわりつつ、ときおり、テラスに用意されたお茶やお菓子をむさぼった。


 事件が起こったのは、その中庭だ。

 そこにはジェイムズの母、伯母のマージョリー、ジュッペのほか、ジェイムズの友人たちがいた。いとこのルーシサス、マルタン、学友のシュザンヌ、グルベルト、オードル。


 それに、ワレサレスだ。彼は病弱なルーシサスのつきそいだった。みんなと離れてすみのほうに、ひっそりすわっている。金髪がめずらしいのか、ジュッペがやたらと彼の周囲を歩きまわって、ベタベタひっついてる。ワレサはひたすら忍耐でじっとしていた。


「あら、ジェイムズ。それ、お母さまの指輪じゃないこと?」と、言いだしたのは伯母のマージョリーだ。

 ジェイムズたちは鬼ごっこをやめて、とりあえずお菓子に興じていた。マージョリーが言ったのは、ジェイムズがはめている指輪だ。


「おばあさまが僕にくださったんだ。将来、大事な女性にあげなさいって」

「あらそう。その指輪はね。代々、うちに伝わるものですよ。それを渡して求婚すると、必ず成功するんですって。お母さまはお父さまからプロポーズを受けるときに貰ったんだそうよ」

「ふうん」

「大事になさいね」

「はい」


 祖母は先年亡くなった。その少し前に、ジェイムズは形見の品として、祖母自身から受けとったのだ。


 そのあと、少年たちは中庭の噴水で水遊びをした。ずぶぬれになったので、みんなが自分のマントを外して、頭や服をぬぐう。そのとき、ジェイムズは例の指輪をテーブルの上に置いた。指輪もぬれていたからだ。


 テーブルには母や伯母がいる。ルーシサスは体が弱いので、水遊びをせずにここにいた。


 ジェイムズは髪をガサガサしてるあいだ、まわりが見えていなかった。でも、それが終わったあと、たしかに指輪をはめなおしたように思う。少なくとも、テーブルに置いたときは確実にあった。


 ところが、髪をふいてテーブルの席にすわると、しばらくして、ジェイムズは気がついた。指輪がない。


「指輪がない!」


 両手のどの指にもはめてない。あわてて、さっき置いたテーブルの上を見るが、やはりそこにもない。


 なんてことだろう。大事にしなさいと言われた指輪を、さっそくなくしてしまうなんて。


 ジェイムズが指輪を外したのは、さっき髪をかわかすあいだだけだ。そのとき一度きりしか外さなかった。それは絶対だ。


 だとしたら、なくなったのは、その数分のうちだろう。終わったあとに、はめたような気はするのだが……でも、そう考えるしかない。テーブルに置いているあいだに、誰かにとられたのだと。


 だって、椅子にすわってからは、誰もジェイムズにさわらなかったし、指にはめたものを本人も気がつかないうちに、どうやってぬきとるというのか。そんなことは不可能だ。


「まあ、ジェイムズ! 指輪がないですって?」

「おばあさまの指輪がなくなってる」

「たいへんだわ」


 伯母や母が大さわぎを始める。


「いったい、いつなくしたの?」

「さっき、頭をかわかすあいだ、テーブルに置いたから、そのときだと思う」

「地面に落ちてない? ちゃんとよく見て」


 テーブルの下を探しまわる。みんなが立ちあがって、ジェイムズがもぐりこんだ。

 しかし、それでも見つからない。中庭には芝生が生えそろっていて、適度な長さに刈られている。指輪には目立つ赤い石がついているから、落ちていれば、ひとめでわかる。


「やっぱり、ないよ」


 いよいよ、誰かに盗まれたらしい。

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