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それが、 厭世  作者: 夏坂
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プロローグ

 中学生の頃、自分は達観していると思っていた。それは達観などではなく、自身の矮小さと歪みを早くに認識したことに起因する、それらを隠すための演技に過ぎなかったと気が付いたのは、ここ一、二年のことである。


 これまで自分は、承認欲求のない、屹立した自己をもつ人間だと思っていた。ただその思い込みこそが、並外れた承認欲求の氾濫の裏返しであった。誰にも承認されないことをよしとする、そうした「人とは違う」人格を誰かに承認してほしいという、あまりに壮大な、地球規模の承認欲求であった。もはや、誰かに承認されるのではなく、誰にも承認されないことで、そうした歪な人格を承認してくれるパラドックスの第三者を想定してすらいた。


 気が付いたのは最近だといったが、おそらくそうではない。最初からわかっていたはずである。気が付いたのではなく、受け入れた。それまで自分を縛り付けていたあまりに醜く愚かしいプライドから解放されることを選んだに過ぎない。残ったのは、莫大な承認欲求を抱えたまま、誰にも承認されず、架空の第三者の承認ではやはり満足できないという、この世で最も残酷な存在である。


 どこで人生を間違えたのかといえば、最初から間違っていたと答えるほかない。自身の欲望を曝け出す術を学ばず、それどころか自分の意志さえまともに伝えることのできない、息をするだけの骸であった。最初から。ただ、当時はそれでよかった。自分の意志などとは関係なく、周りは構ってくれたし、ちやほやもされた。勉強もできたし、運動もそれなりにできた。この期に及んでおこがましく、改めて愚かしい言い草になるが、それは僕にとっての一番の不幸であった。何も与えられず、何奪われず、何も求めない、無害であるが、価値もない。


 反抗期というものがなかった。反抗しても結局、何も変わらない。現代において子は、親の意志に背いて生きていくことなどできない。そうした事実に(否、今であればそれは事実ではないと言うのであるが)早期に気が付いていたからであった。僕にとっての成長期とは、そうした無力さへの迎合、無抵抗へ体を委ねる期間であった。そしてそれは、エネルギー効率的には最も望ましく、そして「普通の」人格形成プロセスとしては最も望ましくない。


 それを知ったうえで今、当時に戻ったとしたらどういう行動をとるだろうか。きっと変わらない。人は十八歳を超えて根本的に人格が変わることはない、そんなセリフを誰かが言っていた。そしてそれはおそらく真実である。人が変わった、などというのはただ自己の表現の仕方が変わったに過ぎない。人間の人格は、成人以降変わることはない。人はそれまで生きてきた人生がどれだけ惨めであっても、それを完全に捨てることなどできない。捨ててしまったら、それはその人間の人格の死を意味する。誰も、それまで積み重ねてきた年月が一切の意味を持たないものであるという事実を受け入れることなどできない。「誰も」という表現は誤りであると、文字の校正にうるさい編集者なら言うであろう。だが、それができてしまう人間は、近いうちに自らの命を殺めることになる。数日か、数か月か、もってそのくらいである。つまり、「誰も」という表現は多少の誤差を含んではいるが、大雑把な読み手であれば気が付かないほどの誤差であり、僕は大雑把な語り手であるから、この表現は間違いではない。


 ここまでの主張を世に燦然と輝く成功者が聞いたら(成功者様が最後まで聞いてくれるとも思わないが)、そんなのは言い訳に過ぎないというだろう。そう、これは言い訳に過ぎない。僕は結局のところ、面倒くさいのである。絶望的なまでに。すべての事象への感情はすべて面倒くさいに集約される。はっきり言って、他の感情などない。面倒、面倒。努力することも、はたまた努力しないことも、選ぶも選ばぬも、すべてが面倒くさいだけである。だが、世というものは、特に成功者様というものは、どうしてか面倒くさいだけでは許してくれない。僕のような落伍者にはそこに落ちていくまでの理由があるのだと考えているらしい。だから、僕はそうした理由の提出を求める偉い方々のために、上記の言い訳を提出する。そしてこの言い訳は、結局のところ誰にも聞き入れてもらえない。ちょうど、提出を強要する割にはろくに読まれもしない、地方国立大生の卒業論文のように。

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