夢の果てに
私は、目が覚めると妖精の国の、それもこの地を治める水の妖精王の住まう王城、その一室にいた。
まあ、一室と言っても一般的な談話室などとは比べ物にもならないほど広いのだけれど…。
その大きさたるや、平民の住む程度の大きさの家ならば、容易に潰せてしまうほど大きいシャンデリアが三つ天井から吊り下げられ、床には、端から端が見渡せないほど広い真紅色の絨毯が敷かれている。
とても、生物の住む住居の構造とは思えない程にこの部屋はとてつもなく広い。
そして、そんな部屋の中で震える妖精の影が一つ、恍惚な表情を浮かべ地面に埋まっている龍が一匹、そして、その龍を足蹴にしている元人間の私。
もし、この光景を誰かが目にしていれば、確実にこう表現するだろう。
「地獄絵図」と。
まあ、それはさておき、地面に這いつくばる龍に向かって問う。
「ねえ、トカゲ?貴方は私の奴隷よね?」
すると、ただでさえ恍惚な表情を浮かべていることに対して嫌悪感を抱く私に、身体をビクつかせ大声で鳴くことで更に不快感を与えてくる。
率直に言って最悪な気分だ。
「はい!!私は、妖精女王ティターニア陛下の純真なる下僕です!!ですからどうか、もっと踏みつけてください!!!」
「サク?もう見ていて吐き気がするから、この汚物をあなたの魔法で焼いてくれないかしら?」
「女王陛下早まらないでほしいの!!」
「いえ!気にしないでください!原初の火よ!女王陛下が直々に焼いてくださらないのは少々不服ですが、女王陛下からの命令で私が焼かれるのならば、それは間接的ではありますが、陛下に焼かれたも同じです!!!ぜひ!ぜひ私を焼いてくださいィィィー!!!!」
…本当にただの地獄絵図だった。
まあ、そんなこんなで一悶着あって、私たちが口論(物理)を行っていたのだが、それは突如として止められることになった。
サンよりも薄く、青というよりも水色の髪の少女。
白い純白の布のような服を着た少女。
別に、会ったことがことがあるわけでもないはずなのに、その少女を目に移した瞬間、彼女が誰なのかを理解した。
水という概念を、現世に初めて生み出した原初の妖精を生み出すことのできる大妖精。
水の妖精を統べ、この都を統治する水の妖精王。
セイレン……!
「一度落ち着かれよ。尊き我らが君。」
背後に二体の上級妖精を侍らせながら現れたセイレンは、身長が140センチ程と女性としてもあまり大きいとは言えない見た目なのだが、声色が妙に落ち着いており、纏う雰囲気もどこかヒヤリとしていて圧を感じる。
「貴方がセイレンなのよね?」
私の言葉を聞いた瞬間、「ああ、なるほど」と小さくつぶやいたのが聞こえた。
こちらに歩み寄りながら、今度ははっきりと聞こえる声で話し始める。
「そうだとも、人の子よ。私こそ、この地を治める水の妖精王にして、初代女王の最初の眷属。セイレンだとも。」
初代女王?
どういうことかしら?
考えている間にも、彼女は、私の方へと一歩また一歩と歩み寄ってくる。
本来なら、これほど間合いに入れることはしなかっただろう。
しかしなぜか、どれほど近づかれようとも、一切危機感を抱くどころかいつか感じたような懐かしさがある。
まるで、本能が彼女と敵対することを拒絶しているかのようにすら感じるのだ。
結局、距離にして30センチ程のところでセイレン自身が止まるまで、茨の一本すら動かすことがなかった。
その上、当の本人は右手で顎を押さえ、考えるように独り言ちり始めている。
「ふむ。魂はティターニアそのものか。しかし、なぜ体が人間なのだ?」
セレンは何を言っているのだろう?
─セレン?
なぜ私はそう呼んだ?
聞いたことがないはずだ。
今、初めて会ったはずなのになぜ私は、その名前を知っている?
その瞬間、セイレンの顔に慈愛の満ちた笑みが浮かぶ。
「そういうことか…………」
ただの一言。
消え入るほどに小さく、弱々しいその声は、いくつもの言葉が重なっているように感じてしまうのだ。
そして頭の中に、一つの言葉が浮かぶ。
ごめんなさい。
─なぜ、こんな言葉が思いついたのだろう。
─なぜ、こう思ったのだろう。
今日は、もう捨てたはずの´なぜ´を沢山言ってしまうわね。
でも、もういいのかもしれない。
そう、復讐なんて忘れて、この世界で暮らしたほうがきっと幸せではないのか。
そう、思ってしま─
─うわけがないじゃない!!!!
私は、憎いゴミどもを皆殺しにして、私の望む理想郷を作る。
それが私の悲願であり、この世にのうのうと生き続ける裏切り者たちへの復讐なのだ。
そうだ、それを忘れてはいけない。
あの苦しみを、絶望を糧に私はこの世界を浄化するのだ!
サク、サン、セレン
貴方たち…………邪魔だわ。
妖精なんて存在がいるから、道を見失いかけたのだ。
だから、決して私の理想が悪いわけではない。
程度の低いものであるわけではないのだ。
「ごめんなさいね……殺してしまって。」
そこからは、一瞬だった。
手始めに水の妖精王を殺し、妖精の国の民たちを皆殺しにした。
そして、異界渡りの妖精を生み出し、現世に戻り王国民を皆殺しにした。
しかし、そんな存在を周辺諸国が許すはずもなく、勇者と呼ばれる存在に討ち果たされ、この空間に閉じ込められた。
呆気のないものね。
私の人生は……………本来なら、全てここで終わるはずだった。